トヨタにスポーツ4WDモデルが帰ってきた!話題の「GRヤリス」は公道でも驚速

■ターゲットはWRCのチャンピオン獲得

発表・発売にこぎ着けるまでの道のりは、相当、険しかったようだ。トヨタ自動車が自社で100%開発したスポーツカー、GRヤリスのことである。開発をまとめたトヨタ自動車 GRプロジェクト推進部の齋藤尚彦さんは「当初は、4輪をどのように使えばいいか分かりませんでした。4輪それぞれへの駆動トルクの伝え方、そして、サスペンションの作り方…。スポーツ4WDモデルに対する“20年のブランク”は、想像以上に大きいものでした」と、これまでの苦労を振り返る。

GRヤリスは、「ヴィッツ」から改名したトヨタ渾身のコンパクトカー「ヤリス」をベースとする超高性能モデル。しかし、両車に共通するのは名前と基本デザインとインテリアの仕立てくらいであり、構造やボディパネル、エンジンなどは全くの別物だ。

例えば、GRヤリスのボディは専用の3ドアで、軽量化のためにボンネットフードや左右のドア、リアのハッチゲートなどはアルミ製、ルーフはカーボン製と、各部に高価なパーツをおごっている。

クルマの骨格となるプラットフォームも普通のヤリスとは異なり、リア回りにはひとクラス上のものを使っている。また、ハイパワー仕様のエンジンは、新開発の1.6リッター3気筒ターボで、最高出力272馬力、最大トルクは37.7kgf-mを発生する。

そんなGRヤリスの開発の目的は、市販車をベースに争われるWRCでチャンピオンに輝くため。ベースとなったヤリスとは、スタートラインからして大きく異なっているのである。

■スポーツ4WDメカを“基本のキ”から学び直す

話を齋藤さんのいう“20年のブランク”へと戻そう。このブランクとは、トヨタがスポーツ4WDモデルを作っていなかった期間を指す。

GRヤリスの開発がスタートする前の20年ほどの間、トヨタはかつて高い人気を集めた「セリカGT-FOUR」のような、走りのいいスポーツ4WDモデルを作ってこなかった。作ってこなかった、ということは、技術の開発と蓄積が進んでいなかったと同時に、スポーツ4WDメカを手掛けるエンジニアの育成もストップしていたことになる。

その間、スポーツ4WDモデルを手掛けていたメーカーは、どんどん技術を磨き、4WDシステム自体も大幅な性能向上を果たした。そのため、トヨタがブランクを取り戻すまでには、並々ならぬ苦労があったことだろう。それは単に、4WDシステムだけでなく、それを生かすサスペンションについても同様だったことが、齋藤さんの言葉からもうかがえる。

昨今、4WDシステムはますます高度化している。20年前には考えられなかったことだが、今では雪道での発進性能に主眼を置いた、いわゆる“生活4駆”でも電子制御式が当たり前。さらに、速く走るためのスポーツ4WDモデルでは、積極的に前後の駆動力配分を行う高度な制御を盛り込み、中には、状況に応じて左右輪の駆動力さえコントロールするものまで存在する。

トヨタにとって20年ぶりとなるスポーツ4WDモデル=GRヤリスの開発では、まずはその基礎技術を身に着けるところから始めなければならなかったのである。

■旋回速度の高さはまるでラリーマシンのよう

GRヤリスの高性能グレードである「RZ」と、モータースポーツ向けのベースグレードである「RC」には、“GR-FOUR”と呼ばれる新開発のスポーツ4WDシステムが組み込まれている。これは、電子制御多板クラッチを組み合わせた前後駆動力可変システムで、機構的にはさほど複雑なものではない。これについて齋藤さんは、「あえて軽量でシンプルなシステムを選びました。理由は、コーナリング時の“幅”を広げるためです」と語る。あまりにも凝ったシステムだとスイートスポットが狭すぎて、ドライビングスタイルに制約が生じる恐れがあるためだ。

以前、サーキットやダートコースでGRヤリスのプロトタイプに試乗した際、そのハイレベルな運動性能に感心させられると同時に、とても楽しく走れることに驚いた。GRヤリスはボディが小型・軽量だから、というのはもちろんだが、開発陣が“ドライバーが手足のように操れるクルマを作ろう”という明確な意思を持って作りこんできたことが、わずかな試乗時間でも理解できたのだ。

そして今回、ワインディングロードを中心とする公道でのドライブが叶ったわけだが、結論からいうと、GRヤリスは速度域の高いサーキットでの印象よりも、ずっとずっと限界点が高い、ものスゴいクルマだった。

コーナリング時はとにかくスタビリティに優れ、ドライバーがただハンドルを切るだけで鋭くそして安定して曲がっていく。中でも、後輪側の安定感が素晴らしく、それに合わせてフロントの俊敏性を高めているから、とにかく路面に張りついているかのように走ってくれる。ワインディングロードにおける旋回速度の高さは、まるでラリーマシンのようである。

この、ひたすら安定した走行感覚は、かつての三菱「ランサー エボリューション」シリーズやスバル「WRX STI」のそれに似ている。ラリーへの参戦を前提とした高性能モデルは、やはりこうした味つけになるのだろう。

ただし別の見方をすれば、GRヤリスはあまりに走りのレベルが高すぎて、ドライバーはハンドルを切ること以外、公道ではあまりやることがない、ともいえる。性能が高すぎるがゆえに、公道では秘めた能力のほんのわずかしか引き出せないのである。

ところで、GRヤリスのRZグレードには、標準仕様に加えて「RZ“ハイパフォーマンス”」と呼ばれる仕様も用意されている。走りに関する両車の違いは、後者は前後のデフにトルクセンシング式のLSD(リミテッド・スリップ・デフ)を組み込んでいることが大きい。ちなみにLSDとは、左右輪の回転差に制約を掛け、トラクション性能を高めてくれる機構である。

では、乗り比べた時にその違いが分かるのか? 正直にいれば、公道レベルでその差を実感することは難しかった。「いわれてみれば、立ち上がりの反応がちょっといいかな」といったレベルの違いなのだ。とはいえ、サーキットなどよりスピードレンジの高いコースでは、明確な差を感じ取れることだろう。

■世界に名だたる高性能モデルと肩を並べる

そんなGRヤリスに関して、ドイツから驚きの情報が飛び込んできた。GRヤリスを購入したとあるオーナーが、フルノーマルのGRヤリスでニュルブルクリンクにてタイムアタックを行ったところ、7分56秒という好タイムをマークしたという。しかもコースは貸し切り状態ではなく、他のクルマを避けながらの走行だったという。

ニュルブルクリンクはドイツにある過酷なサーキットで、スポーツカー開発における聖地とも呼ばれる場所。そんな難コースだけに、コースを貸し切っての単独走行であっても、BMW「M2」で7分58秒、トヨタの「GRスープラ」でも7分52秒と、多くのモデルが苦戦を強いられる。にも関わらず、絶対的なパワーで劣るGRヤリスが世界に名だたる高性能モデルに肩を並べるタイムをマークしたという事実は、このクルマが秘めた実力がいかに優れているかの証といえるだろう。モータースポーツでの活躍を視野に入れて開発されただけあって、こうした領域こそがGRヤリスの“本当に美味しいゾーン”なのかもしれない。

そんなGRヤリスにあえて“モノ申す”とするならば、スポーツカーとしての色気が少々足りないことだろうか。クルマとしてもマシンとしても素晴らしい出来栄えのGRヤリスだが、音の演出などはやや物足りない。開発チームによると、騒音規制の制約で厳しいとのことだが、例えば、より心地いい排気音を響かせるようにし、限界領域に到達していないゾーンでも運転する歓びを味わえるようにしたり、GRスープラのようにシフトアップやアクセルオフの際に「バババッ」と破裂音を放つといった遊び心があったりすれば、スポーツカーとしての魅力がより一層アップすることだろう。

こうしたスポーツカーらしさの演出においては、メルセデス・ベンツのAMGやBMWのMなど、ドイツの高性能モデルの方が一枚上手。GRにとってはこの先、見習うべきポイントといえるかもしれない。ちなみに試乗会場には、販売店オプションの「GRスポーツマフラー」を装着する展示車があったが、こちらは心地いい排気音を奏でていたから、購入予備軍はぜひチェックしたいところだ。

開発を担当した齋藤さんは「発売したら終わりではありません。世に送り出した時こそがスタート。GRヤリスにはまだまだ先があるのです」と語る。この先、どんな進化や熟成を遂げるのか? GRヤリスは未来の展開にも期待したくなる、マニアックなスポーツ4WDモデルなのだ。

<SPECIFICATIONS>
☆RZ“ハイパフォーマンス”
ボディサイズ:L3995×W1805×H1455mm
車重:1280kg
駆動方式:4WD
エンジン:1618cc 直列3気筒 DOHC ターボ
トランスミッション:6速MT
最高出力:272馬力/6500回転
最大トルク:37.7kgf-m/3000〜4600回転
価格:456万円


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文/工藤貴宏

工藤貴宏|自動車専門誌の編集部員として活動後、フリーランスの自動車ライターとして独立。使い勝手やバイヤーズガイドを軸とする新車の紹介・解説を得意とし、『&GP』を始め、幅広いWebメディアや雑誌に寄稿している。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

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