トヨタ「ミライ」はココがスゴい!全方位的な完成度の高さにFCV普及への熱意を見た

■脱炭素化へのカギを握る新型ミライの成否

FCVが“究極のエコカー”と呼ばれる理由は、走行中、二酸化炭素を一切排出しないため。FC(燃料電池)による発電で生じる副産物は水のみであり、ピュアEV(電気自動車)のような充電も必要ありません。

折しも日本では、今秋、菅義偉総理大臣が“2050年カーボンニュートラル宣言”を打ち出したばかり。モノづくりにおけるカーボンニュートラルは、各種製品の製造から廃却までの間に生じる、二酸化炭素の排出量と吸収量とを実質ゼロにすることを意味します。クルマの場合、製造過程における二酸化炭素排出が避けられないこともあり、自動車メーカーは走行時の二酸化炭素排出量をゼロに近づけ、排出されてしまった分は回収・再利用するといった新たな取り組みが求められています。

世界の自動車メーカーは、こうしたカーボンニュートラル実現に向けた最適解のひとつとして、以前より水素の可能性に着目してきました。ミライを量産するなどFCV分野で先行するトヨタは、水素をクルマのエネルギー源とした場合、(1)使用時に二酸化炭素が一切発生しないこと。(2)化石燃料や化学工場における副産物や、水の電気分解といった多彩な方法により作り出せること。(3)自然の影響を受けやすい風力/太陽光発電などの再生可能エネルギーとは違い、貯蔵・運搬が容易で、かつ、エリアごとに最適な規模のエネルギー社会を構築しやすいことなど、3つのメリットを挙げています。

さらにトヨタは、FCVの量産にとどまらず、社会全体を俯瞰した水素エネルギーの活用も進めています。例えば、東京都を始めとする都市部では、すでにトヨタが手掛けるFCバス「SORA」が路線運行を実施していますし、人々の毎日の暮らしを支えるコンビニ業界やトヨタ傘下のトラックメーカー・日野自動車と共同で、物流分野への小型FCトラックの導入も推進しています。加えて、水素分野におけるグローバルな連携や水素サプライチェーンの形成を進める新団体“水素バリューチェーン推進協議会”を設立・加盟するなど、脱炭素化への歩みを積極的に進めています。

こうしたトヨタのアクションは、引いては、FCVの本格普及に向けた車両/水素価格の低減、また、水素ステーションの利便性向上を始めとするインフラ整備などに貢献すると見られていますが、それらを足下から支える重要な役割を担うのが、実は新しいミライなのです。新型ミライの心臓部には、コンパクトかつ高効率で、生産性にも優れた新開発のFCシステムが採用されていますが、トヨタは同システムを将来的に、バスやトラックといった社会モビリティへと展開。水素社会の実現に貢献しようと考えているのです。

とはいえ、交通インフラや物流分野へのFCV導入は、乗用車以上にコスト面がシビアとなります。そのため新型ミライのセールスの成否が、クルマ社会やモビリティ分野の脱炭素化を左右するといっても過言ではありません。

■デザインと走りを革新した新プラットフォーム

さて、新型ミライへと話を戻す前に、初の量産FCVとなった初代ミライについておさらいしておきましょう。

初代ミライは2014年12月にデビュー。システムの要となる発電装置“FCスタック”や高圧水素タンクなどはトヨタが自社開発したもので、そこに「プリウス」などで培ったハイブリッド技術を組み合わせることで、1回の水素充填に対し、最長約650km(カタログ記載のJC08モード)という航続距離をマークしていました。ちなみに、クルマの背骨ともいうべきプラットフォームは、先代のプリウスなどと同じ“MCプラットフォーム”で、駆動方式はFWD(前輪駆動)を採用していました。

そんな初代の誕生から約6年の時を経て登場した新型ミライは、シルエットからして初代とはまるで別物となりました。その最大の理由は、プラットフォーム/駆動方式の変更にあります。新型ミライは新たに、「クラウン」やレクサス「LS」などと同じRWD(後輪駆動)の“GA-Lプラットフォーム”を採用。これにより、伸びやかでダイナミックなプロポーションを実現しています。

このプラットフォームの変更は、実は走りにも効いています。FCシステムや駆動系メカのレイアウトが一新されたほか、フロントオーバーハングを切り詰めて重心位置を車体の中央寄りにしたり、重心から離れた部位のパーツに軽量なアルミ材などを採用したりといった工夫により、新型ミライはヨーロッパのプレミアムカーに匹敵する前後重量配分50:50を達成。これにより、俊敏なコーナリング性能と、気持ちのいい、意のままのハンドリングを実現しています。

正式発表を前に、サーキットでプロトタイプに試乗する機会があったのですが、その走りは「これがエコカーか?」と驚くほど軽快。深く曲がり込むコーナーや、右に左にと立て続けに曲がるS字コーナーでも車体の姿勢は常に安定していて、ドライバーの思いどおりに駆け抜けていきます。

一方、30.6kgf-mという最大トルクを0〜3267回転という領域で発生させる走行用モーターは、アクセルペダルを踏んだ瞬間に最大の駆動力を立ち上げるため、コーナー出口などからの加速は実に強力。アクセルペダルを踏み込んだ瞬間、後ろからググッと前へ押し出される感覚です。一方、走行用モーターの最高出力は182馬力と控えめなので、ストレートエンドでは速度の伸びに物足りなさを覚えました。でもそれは、速度制限のないサーキットならではの話。公道でのドライブでは不満を覚えることなどないでしょう。

■居住性を確保しながら航続距離を大幅に延長

FCVを語る上で無視できない航続距離においても、プラットフォームの刷新が貢献しています。FCVの航続距離を伸ばすには、システムの効率化はもちろんのこと、高圧水素タンクの容量拡大も欠かせません。しかしタンクを大きくすると、その分、車内のスペースが犠牲となり、居住性に悪影響を与える場合も。そうした問題の解決に役立ったのが、RWD車用に開発されたGA-Lプラットフォームでした。

一般的に、フロントにエンジン(やモーター)を搭載し、後輪を駆動するRWD車は、駆動力をフロント側からリアタイヤへと伝達するプロペラシャフトを通す必要があるため、車体中央にセンタートンネルが存在します。しかし、駆動力を生み出すモーターを始めからリア側に配置した新型ミライは、エンジン車のようなプロペラシャフトを必要とせず、本来、プロペラシャフトが通るセンタートンネルの部分にも、高圧水素タンクを搭載できたのです。

結果、居住性を考慮し、2本しか水素タンクを搭載できていなかった初代に対し、新型では3本のタンクを搭載可能に。これにより、水素1充填当たりの航続距離は、初代モデル比で約3割増しとなる最長850km(カタログ記載のWLTCモード)となっています。

開発を指揮したチーフエンジニアの田中義和さんによると「実走行でも、フル充填状態なら東京から大阪まで安心してドライブいただけます」とのこと。ちなみに、水素の充填に要する時間は3分ほどといいますから、少なくとも燃料の補給時間に関しては、ガソリン車と同様の利便性を実現しています。

■理想は「選んでみたらFCVのミライだった」

チーフエンジニアの田中さんは「新型ミライは『FCVだから』と選んでもらうのではなく、『こんなクルマが欲しかった』『選んでみたらFCVのミライだった』といってもらえるようなクルマにしたいと、強く思いながら開発してきました」といいます。

実際、新しいミライは、スポーティで洗練されたルックスの持ち主であり、インテリアもプレミアムセダンにふさわしい快適かつ上質な空間に仕立てられています。

一方、気になる走りはヨーロッパ車顔負けのスポーティな味つけで、エコカーの常識を完全に打破。FCVの課題とされる航続距離についても、ガソリン車やハイブリッドカーに匹敵する数値を記録しています。

このように、ハードウェアとしては申し分のない実力を手に入れた新型ミライですが、購入への最大のハードルとなるのは、やはり、「水素をどこで充填するか?」というインフラの問題でしょう。

2020年7月現在、水素を充填するための水素ステーションは、全国で157基(うち計画中26基)が開業、または準備中とのことですが、まだ普及への道半ば、といった状況だと思います。参考までに、ガソリンスタンドはさまざまな事情で年々、店舗数が減っているものの、それでも2019年3月時点で、全国で2万9000弱の店舗が営業しています。

経済産業省は、2020年度末までに160基程度、2025年度までに320基程度の水素ステーションを整備する目標を掲げていますが、こうしたターゲットを確実にクリアしていくことが、新型ミライを始めとするFCVの普及を左右することになりそうです。

最後に、気になる価格についても触れておきましょう。新型ミライは最もベーシックなグレードで710万円〜というプライスタグを掲げています。ただし、新型ミライはエコカー減税や環境性能割、グリーン化特例といった税制優遇を受けられるほか、クリーンエネルギー自動車導入事業費補助金の対象モデルでもあるため、実際の購入時には上級グレードの「Z“エグゼクティブパッケージ”」で最大141万9000円の優遇を受けられます。このほか、各地方自治体が独自に展開する補助金もあるため、実際には、より“お得”に手に入れることもできそうです。

<SPECIFICATIONS>
☆Z
ボディサイズ:L4975×W1885×H1470mm
車重:1930kg
駆動方式:RWD
最高出力:182馬力/6900回転
最大トルク:30.6kgf-m/0〜3267回転
価格:790万円


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文/上村浩紀

上村浩紀|『&GP』『GoodsPress』の元編集長。雑誌やWebメディアのプロデュース、各種コンテンツの編集・執筆を担当。注目するテーマは、クルマやデジタルギアといったモノから、スポーツや教育現場の話題まで多岐に渡る。コンテンツ制作会社「アップ・ヴィレッジ」代表。

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