日本の醤油のルーツは和歌山県にある。“最初の一滴”が生まれた湯浅町の老舗『角長』へ

日本の醤油のルーツは和歌山県にある。“最初の一滴”が生まれた湯浅町の老舗『角長』へ

刺身、卵かけご飯、冷奴、目玉焼き、大根おろし、おもち、すき焼き、煮魚、豚のしょうが焼き……日本の食卓に欠かせない調味料といえば、何と言っても醤油。日本人にとって最も身近な調味料です。

しかし、そもそも日本の醤油がどこで生まれたのか? と問われて即答できる人はそう多くないんじゃないでしょうか。ちなみに、醤油の生産地として知られる千葉県や兵庫県ではありません。

答えは、和歌山県の湯浅(ゆあさ)町です。意外ですよね。ちなみに、醤油メーカーとして有名なヤマサ醤油やヒゲタ醤油なども、ルーツをたどると湯浅の醤油に行き着きます。

◾️はじまりの町・湯浅町へ

 

▲角長のある一帯は、和歌山県唯一の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建地区)

▲角長のある一帯は、和歌山県唯一の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建地区)

和歌山県中部の西岸に位置する湯浅町は、紀伊水道に面した穏やかな入江が目の前に広がる港町。

この町に醤油が生まれたのは鎌倉時代。当時、和歌山県から中国の径山寺(江蘇省・杭州)に渡った僧侶が、味噌の製法を持ち帰りました。それが今も湯浅町に伝わる金山寺味噌です。そして金山寺味噌づくりの過程で出た上澄み液。これこそが醤油のオリジンなのです。

こうして古くから醤油や金山寺味噌の醸造で栄えた湯浅町には、江戸期〜明治初期の最盛期には、100軒近くの醸造所が軒を連ねていました。令和の今も、かつて醤油醸造で隆盛を極めた時代の面影が色濃く残っており、町家や白壁の土蔵が建ち並んでいます。

その醤油の“最初の一滴”が生まれた湯浅町で、いまも天保時代から変わらぬ製法で唯一無二の醤油を造り続ける老舗醸造所が、『角長(かどちょう)』です。

【次ページ】◾️醸造の町で出合った唯一無二の醤油

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