■ 現在地と羅針盤──料理人の分岐点
コースの流れの中で、ひときわ強い意味を帯びていたのが、引地氏による二皿「僕の現在地」と「羅針盤」だ。
「僕の現在地」は、焼きナスにスパイスを重ねた一皿。都市で磨いた技術と、佐賀の野菜が持つ輪郭の強さが交差する。「佐賀の野菜って、ちゃんと苦いんですよね」という言葉の通り、えぐみや個性は削ぎ落とされず、そのまま皿に現れる。整えすぎないことこそが、いまの彼の立ち位置を示している。
▲「僕の現在地」。焼きナスとスパイスで表現する、いまの自分と土地との交差点
そしてその先に続く「羅針盤」。ここで使われたのは、人間国宝・柿右衛門窯の器だ。時を超えてなお色褪せない色彩と様式、その普遍的な美しさの上に、引地氏の料理が静かに置かれる。器に寄り添いすぎず、しかし逸脱もしない、あくまで対話する関係。東京を離れ、佐賀と東京の二拠点へと歩みを進める彼にとって、この皿はこれからの指針でもある。どこにいても自分の料理を見失わないための“羅針盤”。過去から続く器の時間に、自らの未来を重ねた一皿だ。
▲「羅針盤」。柿右衛門窯の器に導かれるように、これからの方向性を示す一皿
▲「どこで料理をするかで、自分の輪郭も変わる。だから今は、その“現在地”をちゃんと料理にしたいと思ったんです」と引地氏
■ 器が料理を導き、土地が味になる
一方、髙岡氏の料理は、より土地に深く根ざしている。地域の生産者たちとの関係性の中で生まれる食材、それを無理に整えず受け止める料理。「身近なものでグローバルスタンダードをつくる」という言葉通り、華美ではないが確かな力がある。
特徴的なのは、器から料理を組み立てるという発想だ。有田焼の色、余白、質感。時には本来料理を盛るためのものではない器さえも使い、器と料理の境界を曖昧にしていく。コース終盤に登場した「小さな宇宙」は、その思想を象徴する一皿だった。自然薯や発酵、野菜の重なりが、ひと口の中で土や微生物の気配までも感じさせる。決して派手ではないが、確かにひとつの世界が存在する。皿の上に広がるのは、土地そのものの縮図だ。
▲「小さな宇宙」。自然薯や発酵、野菜が織りなす、土地の縮図のような一皿
▲「料理って、自分ひとりで作っているようで、実はほとんどが土地と人に支えられているんですよね」と髙岡氏
■ 制約が引き出す自由、土地が導く未来
この体験をもう一段深いものへと引き上げていたのが、ドリンクの存在だ。監修を務めたのは、sagoggioの新藤桂一郎氏。通常、氏は雲仙の半径20キロ圏内の素材に限定した素材を軸にドリンクを生み出すが、今回は佐賀の食材を使用したドリンクが料理と並走する“もうひとつのコース”を設計した。
「ワインを当てることに、どこか違和感があったんです。その土地のものは、その土地のもので表現したい」。緑茶に梅の花のニュアンスを重ねた一杯や、野生発酵を思わせる苺の炭酸など、そのどれもが“土地の香り”を液体に変換したものだった。アルコールかノンアルコールかという区分ではなく、料理と同じレイヤーで語られるべき表現として、ペアリングは機能していた。
▲新藤桂一郎氏|sagoggio。佐賀の食材を軸に“土地を飲む”ドリンクコースを設計
▲緑茶や梅、発酵のニュアンス。土地の香りを液体で表現したペアリングに誰もが驚いた
▲すべてがヴィーガンで構成されたコース。制約がむしろ素材の輪郭を際立たせる
そしてもうひとつ、このコースの重要な前提がある。すべての料理は、髙岡氏のスタイルに基づいたヴィーガン構成であるということだ。それは参加者にはあらかじめ共有されていた条件だが、実際に体験すると、その制約は制約に感じられない。むしろ、素材の輪郭や土地の個性をより際立たせる装置として作用していた。引地氏にとっても、この条件は新たな挑戦だったはずだ。しかし彼はその枠の中で、都市で培った技術を解体し、再構築するようにして料理を成立させていた。結果として見えてきたのは、“どこで料理をするのか”という問いに対する一つの手応えだ。東京で磨いた感性と、佐賀という土地のリアリティ。その両方を往復することでしか辿り着けない地点が、確かに存在している。
料理とは、いまを表現するものであり、同時に未来への意思表示でもある。「USEUM SAGA」で味わう一皿は、単なる美味しさでは終わらない。料理人の現在地と、その先。土地の記憶と、これからの可能性。器という時間の蓄積。そのすべてが重なり合い、ひとつの体験として立ち上がる。ここで食べるという行為は、風土を味わうことにとどまらず、料理人の未来を、ほんの少し先取りすることでもあるのだ。
▲照井壮氏の白磁の皿に、参加者自身がソースで絵付けを施すデザート。食べ手が“完成させる”ことで、体験は最終章へ
▲それぞれ異なる表情を見せる一皿。料理はここで“作品”から“記憶”へと変わる
USEUM SAGA
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