軽く生きる。軽量家出自転車「アルプス・スーパークライマー」。映画監督・平野勝之「暮らしのアナログ物語」【17】

■気軽に逃げて何が悪い?

アウトドア道具の重要な要素のひとつに重量の「軽さ」がある。登山や自転車、バックパックなど、人力で移動する人間にとって「軽さ」は切実なものであると言える。

0.1グラムでも軽く!

「小型で軽量で強い」これがアウトドア道具の正義なのである。しかし、軽くなればなるほど財布も軽くなるのがこの世界の悩ましいところだ。

自転車の世界も、いかに重量を軽く作るか? またはいかに軽く走るか? の歴史でしかない。

僕の場合、そもそも自転車による「家出」「脱出」「逃亡」が昔からのテーマで、基本は自転車によるキャンプなのである。

過去記事で紹介した、アルプスのローバーという世界一周にも耐えられるキャンピング自転車に、生活道具であるアウトドア用品、カメラ、衣類などを積んで長めの旅に出る。これが僕の基本スタイルだ。名付けて「長期家出セット」。

しかし、いくら僕でも長期(約一ヶ月)の旅に出るのは頻繁にはできない。年に一度でもできればよい方で、通常は何年かに一度の割合だ。

数日や1泊2日程度の旅なら実行可能な場合も多いけど、それを実行するにはキャンピング自転車では重すぎる。

つまり、バカンスなどがない日本では、自転車界で「輪行」と呼ばれる方法で、軽い自転車を使って遊ぶ方が、無理なく無駄なく数日の旅や日帰りの旅などを楽しむ事ができるのである。

「輪行」とは「自転車を分解して袋に入れ電車などの公共機関の乗り物に乗る」という自転車用語で、この方法で目的地まで行き、現地で自転車を組立てて美味しいところだけをサッと走り、再び電車などに乗って帰ってくる、という遊び方だ。

▲輪行状態の自転車。この状態にして袋に入れる。アルプスが開発した「フォーク抜き輪行」は今でも最もコンパクトになる。新幹線の後部座席にピタリと収める事が可能

電車に自転車をそのまま乗せられない日本では、昔から行われているポピュラーな旅のやり方である。

従って自転車は軽ければ軽いほど有利になる。

僕も、ちょうど10年ほど前、重装備の旅ではない、もっと神出鬼没でフットワークの軽い旅の必要を感じていた。

人間、フットワークが軽けりゃ生き方変わる。

ただでさえこんなご時世だ。気軽に逃げて何が悪い?「宵越しの金はもたねぇよ」ってな精神で、2007年、ここぞとばかり軽量家出セット計画に乗り出した。

 

■アルプス・スーパークライマー

▲1979年アルプスの広告。幹線道路を避けツーリング向きの場所を求めると、日本は山方面になり、このような自転車が必要になる、と書いてある

今、僕が上記のような理由で使っている自転車は、アルプスのスーパークライマーと呼ばれる自転車で、ランドナーだけど、それをさらに軽量化や峠の上り下りなどの機能を強化した「パスハンター」(峠の狩人)と呼ばれる車種だ。

現在、パスハンターと呼ばれる自転車は、ランドナー系に限らず、個人により様々で、より山岳地を走破するためにMTBをベースに改良を施しているものも多い。

MTB出現以前の1970年代パスハンターは、日本の山で遊ぶためにランドナーを改造していた。MTBとの違いは、MTBは道なき道をスピードを上げて「下る」ための車種で、そのため強度をあげる必要があり重い。下るためにサスペンションも付き、ガレ場を走るべくタイヤも極端に太くなっている。

対してパスハンターは、峠などを上る事に重点が置かれ、舗装路も含め、山道などのダートも担いだり下ったりする事を考慮に入れ、軽量化を重視、低速安定性能も考慮している。

MTBは本来、山道下り専門で、よりスポーツ的、ゲーム的な感覚が強いのに対し、パスハンターはランドナーの機能と同様にもう少し広範囲な場合が多く、MTBほどの専門的な機能はないが、舗装路や山方面の旅行などにも無理なく使える仕様になっている。

1979年、当時、神田のアルプスはこの「山岳方面へのツーリング」を重視したパスハンターという車種を「クライマー」シリーズとしてオリジナル仕様で発売し、以来、アルプス閉店の2006年末まで、同店の代表的な自転車として個人のオーダーに対応していった。

▲当時のアルプスパスハンターの記事

 

■出撃最多のランドナー

僕は1997年からアルプスに通い、閉店までの10年の間、キャンピング、ミニベロ、スポルティーフと、3台の自転車を作った。次はクライマーを注文する予定だったが、唐突にアルプスが閉店となってしまった。

詳しい事は長くなるので避けるが、僕のアルプスクライマーは1号機、2号機とあり、アルプス閉店のため、オーダーが間に合わず、1号機は店の展示品を譲り受けた。しばらくはこれを乗り回し欠点を洗い出した。

▲2007年に完成した直後のアルプスクライマー1号機。2号機の登場まで数年乗り続けた

1号機は重量9.2キロとなったが、使える部品、使えない部品、使い勝手の問題などが徐々にわかってきて少しづつパーツの変更などに至り、その後、2010年にフロントキャリア付きで自分のサイズと同じクライマーの新品フレームを持っていた知人からそのフレームを譲り受け、1号機の主なパーツを移植しつつも欠点を感じたパーツを変更し、約9.8キロとなった2号機を完成させ、現在に至る。

この車体は1号機より、もう少しランドナー寄りのフレームだった。

自分的には純パスハンターの使い方より山方面への宿泊まりの旅行車の性格を持ったタイプの方がありがたかった。

▲1号機でのツーリングの様子

輪行では自転車の重量が10キロ以内であれば、それほど問題がない事もわかった。また、元々は上りでふらつかないための低速安定仕様だが、ゴチャゴチャした都心でも、その威力は発揮しやすく、荷物もサドルバッグやフロントバッグに積めるため、都心の移動用としても活躍、現在でも出撃回数が最多の自転車となっている。

軽量なランドナーは山方面に限らず、色々な方面に役にたつのである。

▲最近の2号機。普段はハンドルをオールランダーバーにして乗る事が多い。ツーリング時はドロップハンドルにチェンジ。1号機から部品の細かい変更もあった。

 

■軽く生きる

こうして、1号機も含めると約10年間、北海道、信州の各地、京都、奈良など、気軽な家出を繰り返している。

重量の軽さと共に、いかに山の多い日本各地を軽く走り抜けるか?

▲2017年11月。京都でのツーリングの様子

僕はカーボンでもアルミでもなく、ロードでもMTBでもない、このクラシカルな旅行用の鉄の軽量ランドナーで、今日も都心を、また日本の山を、軽く走るべく考えている。

財布も軽いが心も軽い。

生き方も軽くなるだろうか?

そして明日も自転車と共に、鳥のように軽く生きる術について考えているだろう。

 


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(文・写真/平野勝之)

ひらのかつゆき/映画監督、作家

1964年生まれ。16歳『ある事件簿』でマンガ家デビュー。18歳から自主映画制作を始める。20歳の時に長編8ミリ映画『狂った触覚』で1985年度ぴあフィルムフェスティバル」初入選以降、3年連続入選。AV監督としても話題作を手掛ける。代表的な映画監督作品として『監督失格』(2011)『青春100キロ』(2016)など。

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