腕に止まって鳴くセミ。腕時計ジャガー・ルクルト「メモボックス」 映画監督・平野勝之「暮らしのアナログ物語」【24】

ある日、電車に乗っていたら、突然、車内のどこかでセミがけたたましく鳴いた。周囲の乗客はあわててあちこちに顔を向けセミを探した。

セミが止まっていたのは、実は僕の腕だった。

正体は、ジャガー・ルクルトのメモボックスという機械式アラームが内蔵された腕時計だ。

アラームをセットしたのを忘れていて、たまたまその時刻にアラームが鳴ってしまったのだ。

「ジジジジジジジジジ・・・・・・・・・!!!」

僕はあわててアラームをセットするリューズを解除した。

乗客が不思議な顔をしながらこちらを見ていた。

恥ずかしかった。

 

■「作るのが難しいから」という理由だけで作る。ジャガー・ルクルトというメーカー

このセミの鳴き声そっくりの音を出す機械式アラームウォッチ「メモボックス」は40年代後半にスイスの時計メーカー、ジャガー・ルクルトから発売され、いろいろなバリエーション(カレンダー付き、ワールドタイム付きはもちろん、なんとダイバーズまである)を含みながら現在も生産されている息の長い時計だ。

他社でもレビュー・トーメン「クリケット」など、機械式アラームウォッチは存在するが、最も知られていて代表的なのは、この「メモボックス」と言っていいだろう。

ジャガー・ルクルトという古い時計メーカーは、他にも代表的なものに、乗馬用として開発されたひっくりかえる時計「レベルソ」や、世界最小ムーブメントを搭載する「デュオプラン」、「キャリバー101」などが有名だ。

スイスのメーカーだが、フランスとの結びつきが強く、古いカルティエの腕時計の中身はジャガー・ルクルト製なのである(名義はEWC、ヨーロピアン・ウォッチ・カンパニーとなっている)。

また、カメラ好きには「コンパス」という小型の古い機械式カメラが、一部の人には有名だ。「コンパス」はいかにも時計メーカーが作ったようなカメラで、小型のボディにこれでもかという具合に多機能満載、カメラメーカーの作るカメラとはまったく違う独創的なスタイルとなっており、古いカメラ界の中でもかなりの異彩を放っている。独創的すぎて、“使う”というより“作るのが難しいから作った”と言わんばかりの存在感で、時計よりもこの「コンパス」の方にジャガー・ルクルトの“天才”が見えるのは皮肉な話だ。

もちろんジャガー・ルクルトの時計は便利で良いものばかりだが、その本質は「精度を求めれば求めるほど使い勝手や便利さとはほど遠くなっていく」ような、不思議な矛盾を抱え込む、破天荒だけど技術力抜群で職人気質なメーカーだと、個人的には思っている。

 

■僕のセミ

僕のセミ、ルクルトの「メモボックス」は入手するまで約12年ほどかかっている。

僕の古い腕時計趣味は90年代初頭まで遡る。

その頃、この「メモボックス」の存在を知り衝撃を受けた。

アラームウォッチはクオーツなら別に珍しいものでもなんでもない。そのへんの量販店で安くいくらでも入手できる。今だったらアラームはスマホでも当たり前に付いている機能なので、わざわざ腕時計を買う必要もないだろう。

しかし、面白くないのだ。

面白くないと言われても困るだろうが(笑)、じゃ、何が面白くないのか?と言われても説明に困ってしまう。

困ってしまうが、なぜか「メモボックス」は欲しくなってしまうのだ。

「セミみたいに鳴くから」

こんなの理由にならない。

「メモボックス」というモデルは古いものでも現行モデルでも、かなりの高額になるので買うなら理由がいる。

職人が作った至高の芸術だから?

一生ものの機械時計だから?

らしいことは言える気もしないでもないが、こんな説明はなんだか胡散臭く、空々しく聞こえてヘドが出る

「セミみたいに鳴くから欲しいんです」

やっぱどう考えてもこれに尽きる。

そんな馬鹿な、と思うかもしれないけど、これしか言えないから仕方がない。

思えば90年代初頭、初めてセミみたいにケースを振動させながら健気に鳴く古い「メモボックス」を見て以来、僕の長い長いセミを探す旅が始まった。

古いタイプが好きなので、現行品を買うつもりはなかった。となると、良い出物をジッと待つしかない。

「メモボックス」の古いものは長く生産されていた事もあり、アンティークウォッチ屋では比較的よく見かけるモデルで、珍しいものではない。バリエーションの違うものがたくさんあって(古い40年代~50年代ぐらいの腕時計の場合、同じものはあまりないと思った方がよい)いろいろ見たけど、欲しいと思えるものは無かった。

と、言うのは、僕には文字盤の好みがあったからだった。

僕の好みは全数字(いわゆる普通の数字)なのだが、「メモボックス」は大半がバーインデックスで、全数字のタイプは少なく、あったとしても全体的な自分の好みと一致するものは無かったのである。

かくして特に探す事もなかったが、アンティーク時計屋さんを覗く度にチェックする日々が続いていた。

そして約12年後の2003年、突然僕のセミは現れた。

それが、今回ご紹介する僕のセミである。

僕のセミは40年代後半、「メモボックス」としては初期型の手巻きである。

元は白い文字盤だったのだろうか? まるで和菓子のように美味しそうに綺麗に焼けた黄色い文字盤、僕の大好きな全数字の夜光インデックス、葉っぱのようなリーフ針、全体に丸を意識したケース形状、そしてラグ(ベルトの取付部)がカバードタイプでベルト連結部が見えない仕様になっている。横から見るとラグのデザインが動物の耳のように見えるところもひどくお洒落で、何もかも自分好みで、一発でノックアウトされてしまった。

ついに僕のセミが現れたと思った。

後年、カルティエの古い腕時計資料の洋書の中に同タイプの「メモボックス」が小さいモノクロ写真で掲載されているのを発見して嬉しくなった。

やはりカルティエとジャガー・ルクルトはかなり親密な関係だったと思われる。

これがもしもカルティエ名義だったら、とてもじゃないけど僕などは買えなかっただろう。

ラッキーだった。

 

■記憶の声

僕は勝手にセミと呼んでいるが、「メモボックス」というのは“記憶の声”という意味らしい。

そんな粋なネーミングも、とても気に入っている。

2003年以来、今でも大切に使っているとっておきの時計となった。

 

古い機械時計とはなんだろう? その魅力を説明するのはとても難しい。

文章にしようとすると、手が止まってしまう。

今では昔の存在価値とは違って、古い時計は便利さや合理性とは対局にあるものだ。

役にたたないから欲しくなるのだろうか?

役にたつ事だけでは変えられない価値というのは確実にあるのだろう。

その力は何なのか? 僕はまだ文章化できないでいる。

 

最近、僕のお友達が、この時計の鳴き声を聞かせたら一発でハマってしまい、「セミ・・セミ・・」とうわ言のようにつぶやきながら「メモボックス」を買い求めてしまった。

以来、彼に会うと二人で鳴き声合戦などして遊んでいる。

子供だけでなく、大の大人だってセミを欲しくなるのだ。

暮らしの中で、年中腕に張り付いたセミがいても良いのではないか?

ちなみにこの古いセミは、湿気や汗に弱いため真夏に鳴く事はあまりない。冬や秋、または春に元気に鳴く、変わったセミである事を付け加えておこう。

 

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(文・写真/平野勝之)

ひらのかつゆき/映画監督、作家

1964年生まれ。16歳『ある事件簿』でマンガ家デビュー。18歳から自主映画制作を始める。20歳の時に長編8ミリ映画『狂った触覚』で1985年度ぴあフィルムフェスティバル」初入選以降、3年連続入選。AV監督としても話題作を手掛ける。代表的な映画監督作品として『監督失格』(2011)『青春100キロ』(2016)など。