趣味自転車の王様、高速ランドナー「スポルティーフ」について。映画監督・平野勝之「暮らしのアナログ物語」【23】

皆様は、スポルティーフと呼ばれる自転車をご存知だろうか?

ロードとMTBの二極化の中でランドナー(伝統的スタイルのツーリング自転車)が少数派となり、自転車好きでも知らない方が多いかもしれない。

スポルティーフとは、ランドナーの高速ヴァージョンで、よりロードレーサー的な走りに近づいた自転車の事である。

フランスが故郷であるランドナーは、日本で独自の発展を遂げた。タイヤが太く、キャリアが付き、マッドガードが装備されたツーリング車の事だが、昔、元祖フランスの地ではランドナーによる競技が盛んであった。

「スポルティーフ」という名は日本で付けられたもので、昔のフランスではこのタイプを「ランドヌール」と呼び、日本で「ランドナー」と呼ばれているものはフランスでは「シクロツーリズム」、さらに長距離を走るタイプは「グランツーリズム」などと呼ばれ、細かく車種分けされていた。

またロードレーサーは「クールス」と呼び、ツーリング車とはハッキリ区別されていたのである。

 

■日本でのスポルティーフ

そんな、ロードに近い設定のランドナーが日本では「スポルティーフ」と名付けられたわけだが、この言葉はフランス語で「スポーツ的な~」「スポーツに関する~」という意味で、目的が勝つためであるロードレーサーとは違って、遊びで快走を楽しむための車種である。

従ってロードのようなキリキリした緊張感はなく、より趣味的な要素が強いスタイリッシュな自転車である。

特徴はランドナーと同じようにマッドガード、キャリアが付くが、ホイールは700Cの細めのタイヤ。ギア比も高めで、少ない荷物で高速を楽しむ仕様のため、設計もランドナーより前傾が強めでスピードが出しやすくなっている。

ランドナー全盛時代は、高級パーツで固められる場合が多く、「自転車趣味の王様」、または「自転車好きが最後に辿り着く車種」とも呼ばれていた。

 

■最後のアルプス

僕のスポルティーフは、2006年の夏に閉店を発表した老舗のツーリング車専門店アルプスのオーダーメイド品である。

その年、まさか閉店になるとは夢にも思わず、2006年1月に発注し、5月に完成した。
僕とアルプスとの付き合いは1997年からで、最初はキャンピング車、2001年に16インチのミニベロ、そして2006年にこのスポルティーフを制作し、実質最後の注文品となってしまった。

もう一台所有のアルプスのパスハンターと呼ばれる軽量ランドナーは、知人が注文したフレームを、閉店後に僕が譲り受けて組み付けたもので、僕の純粋オーダー品ではないのである。

僕は夏が近づくと、この自転車を袋から出して都心の移動用に使っている場合が多い。

以前から、普段使える「走りメイン」の良い自転車が欲しくて、ミニベロ完成後、コツコツと数年かけて部品を少しづつ集めていった。

かなり苦労したものの、力を入れすぎて、実際完成したらかなり貴重な部品がてんこ盛りで、普段使うには少々贅沢な仕様となり、ちょっと複雑な気分だ。

しかし、スポルティーフという自転車のアッセンブルは、美しい趣味的な要素も重要な機能のひとつだと考えているので、やはりこれでいいのだ。

詳しい事は拙著『旧型自転車主義』『旅用自転車ランドナー読本』(共に山と渓谷社)に記してあるので、ここではあえて書かない。

この自転車はツーリング用に注文したわけではなく、都心を高速で走るために発注した。従ってこの自転車で輪行をして遠出する事はない。

都心を走る場合、言葉は悪いが「ケンカ腰」(実際にケンカなどはしないが)になる場合が多く、気を引き締める必要があった。そのため、都心では少し戦闘的な自転車が向いていると思った。

そして、普段でも思いっきり趣味的な自転車に乗りたかった事、加えて夏に少し気持ち良い汗をかきたいという気持ちもあった。

発注当時の気分はこんな感じで、完成後は今でも紫陽花が綺麗な時期になると、この自転車で気持ちよく走りたくなる。

完成したのが5月で、車体の色も紫陽花のようなブルーにしたため、新緑などととてもマッチする事もあり、冬に走る事もあるが、自分の中ではこのスポルティーフは夏の自転車だ。

 

■ロードレーサーとは違うスポルティーフ

ここにかつてのアルプスが広告で記したスポルティーフに関する記述があるので掲載しておく。

これを読んでいただければ、スポルティーフがどんな自転車か、わかるかもしれない。実際、僕のスポルティーフは高速仕様ながら、低速でぐらつく事がない。つまり、都心でのゴミゴミした中でも安定して走る事ができるのである。

以下
「快走派のあなたに」アルプススポルティーフについて。
ー1978年アルプス広告より

スポルティーフの設計とは何でしょう?
重要なのは、その高速性と居住性であるとアルプスは考えています。
ロードレーサーのようなフレームに泥除けとキャリアを付けただけではスポルティーフとは言えません。アルプスのスポルティーフは72×73度のアングルで設計されています。これは単にアングルの問題だけでなく、フレームの他の部分にも、その違いがはっきり表れてきます。
あなたは登り坂でハンドルがふらついて困った事はありませんか?
それに加えスポルティーフ特有のアッセンブルのまとまりも無視できない問題です。快走派のあなたに是非お勧めしたい一台です。

1978年、ランドナー全盛時代に書かれた広告の文章ではあるが、現在のスポーツ車へのあり方でも、十分通用する文章だと思う。

日本の地を遊びで走る場合、過激なプロレーサーのような自転車が必要であるわけがないのである。

 

■炎天下の都会で

この自転車を作ってから12年。

相変わらず僕は夏になると、この自転車で都会を走っている。

今日も変わらず人々は歩き、電車に乗り、それぞれの目的地に向かっている。

そんな様子を僕はただ漠然と見ている。

都心を生き抜くため、ある意味ケンカ腰な気分で作った自転車でもあるが、本来、スポルティーフという自転車は大人のゆとりを楽しむ自転車である。

都心がイライラしませんように。

自転車を締め出すような環境でありませんように。

こんな自転車で白いシンプルなシャツを着て、快適に笑顔で走る事ができますように。

ケンカ腰にならざるをえないような状況が少しでも改善されますように。

そんな願いも込めている。

僕は今日も、そんな事を思いながら、空気が霞み澱んだ都心の夕景を、肯定も否定もなく、ただこの自転車に乗って眺めている。

 


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(文・写真/平野勝之)

ひらのかつゆき/映画監督、作家

1964年生まれ。16歳『ある事件簿』でマンガ家デビュー。18歳から自主映画制作を始める。20歳の時に長編8ミリ映画『狂った触覚』で1985年度ぴあフィルムフェスティバル」初入選以降、3年連続入選。AV監督としても話題作を手掛ける。代表的な映画監督作品として『監督失格』(2011)『青春100キロ』(2016)など。