100年前の謎のお猿人形。-映画監督・平野勝之「暮らしのアナログ物語」【30】

このお猿の表情を見て、人は何を思うだろう? そして何を想像するだろう?

不思議な安堵感が漂う、とても素敵な笑顔だが、同時に「怖さ」や「畏敬」も感じることができると思う。

この人形(ぬいぐるみ)の作者は不明。わかっている事はフランスのものであること、造りから推定すると1900年~1920年の間に制作されたものであること。

この二つ以外は一切の謎に包まれている。

 

■100年前の猿の人形

僕はもろに男の子趣味なので、人形やぬいぐるみなどを所有する趣味はまるでなかった。

しかし、だいぶ以前に付き合っていた相方が、ぬいぐるみ好きだったので、その影響があったのだと思う。

このお猿の人形もそんな経緯の中で入手したものだ。

たまたま見ていたヤフオクで入手したのだが、その画像から見ても表情に凄みがありオーラが伝わってきてビックリした。なぜかこれは欲しいと思ってしまったのだ。
珍しく熱くなり、競り合いをして落札した。

もしも、ぬいぐるみや人形を購入するとしたら「ひとつで良い」と思ったのかもしれない。その代わり少しぐらい高くても「これは…!」ってものが欲しかったんだと思う。

その後、大きなものはこれ一つで済んだのだが、以前にもこの連載で記事にした、小さいぬいぐるみにハマってしまい、ドイツのシュタイフのポンポンシリーズを中心に、そこそこな数を集めてしまった。人生はうまくいかないものである。

>> 映画監督・平野勝之「暮らしのアナログ物語」【4】ポンポン 小さき者達

そんなわけで、めでたく自分のところに来ることになった、お猿さんだったが、実物はやはり圧巻であった。

表情の繊細な作りこみが素晴らしい。まぶたや鼻、口などの周囲に詰め物をして微妙な凸凹を付けて陰影を出している。

そして、目と口、鼻は一筆書きのように、サラリと描いただけなのに絶妙な表情を作り出している。

耳の形もふくよかでやさしく、何とも言えない雰囲気を作りだしている。

新品の頃の雰囲気はわからないが、約100年の経年変化が加わり、もはや人形の域を超えて芸術品と化している。

今までこの猿は、ことあるごとに何度も撮影しているが、今回も改めて一眼レフのファインダーを通してこの猿の顔を見つめていると、やはりその存在感に圧倒され、気が付くと馬鹿みたいに夢中でシャッターを押してしまっている…。

これを作ったフランス人は、相当な芸術家だったのではないだろうか?

この猿を持っていた出品者はヨーロッパの古い衣類などをメインに扱う業者のようだった。

当時、この人形のことをもっと知りたかったので、入手した経緯などを出品者に聞いてみた。

買い付けの時に、フランスの蚤の市で入手したこと、ウールや詰め物の固い素材や造りから、1900年~1920年の間に作られたことは間違いないだろう、というこtだった。

しかしこれ以上のことはわからずじまいだった。

人形をよく観察すると、尻尾の先に「MADE in FRANCE」と縫い付けてあるのを発見した。

▲わかりづらいが尻尾の先にMADE in FRANCEの縫込みがあった

確か「MADE in FRANCE」と表示のあるものは、輸出用だったと思うので、もしかしたらフランス以外の国に向けて作られたものかもしれない。

いずれにしても、メーカーも、正確な年代も、100年もの間、どこでどう過ごしてきたか? も、一切が謎のままだ。

 

■仏

購入以来、この猿は自分の部屋の鬼門の方向に、うちの守り神として鎮座している。
うちにある物の中では、最長老である。

日本では古いもの全般を「アンティーク」と呼び、なんとなくイメージ先行のお洒落で曖昧な言葉となっているが、ヨーロッパでは100年たったものを「アンティーク」と呼び、それに満たないものは「ヴィンテージ」と呼んで厳密な区分けがなされているようだ。

どんな物でも、100年たつと何か別のオーラが出てくるのだろうか?

これはアンティークと呼ぶにふさわしいと思った。

きっと、作られた当時は幸せを呼び込むような、この穏やかな表情に癒された人は多かっただろう。

しかし、100年という時間が加わることで、しあわせな穏やかさと同時に、非情さや無常観が醸し出されている気がする。

明日、世界が壊滅したとしても、自分がのたうち回って苦しみ、のたれ死んだとしても、この猿は笑ったまま世界を眺めているだろう。

この感覚は何だろう? と思った。

ある日、ふと気がついた。

それは「神」というものではないのか?

この猿を見た時の「怖さ」は、おそらく神様を感じ、畏敬を感じられるから「怖い」と思ってしまうのではないか?

これはあくまで想像だが、この猿を作った作者は、もしかしたら日本の仏像に強い影響を受けたのかもしれないと思った。

日本の仏様や仏像、お地蔵さまに表情がそっくりなのに気がついた。

タグに「MADE in FRANCE」とあり輸出向けの可能性があったこと、猿という動物はエキゾチックな東洋やアジアのイメージがあり、それに仏像のイメージを重ねて作られた可能性がある。

おそらく作者は、フランスで初めて日本の仏様を知り、その無常観や悟り、あるいはアジアの思想に強い感銘を受けた人物なのではないだろうか?

子供向けかもしれない猿の人形に、そのような造形をさりげなく入れ込む技術に、深い芸術家の感性を感じることができる。

しかし、もうこの世にはいないかもしれない作者だが、まさか自分の作った猿が、本当に100年後の極東の地で、アジアの誰かもしれない人間を感動させているとは、思いもよらなかっただろう。

この猿を見ていると、もしかしたら100年の時間がたつことまで計算に入れているようにも見える…。いや、まさかね。

今でもチョコンと日々の暮らしの中で、僕を見守っている。

時々、バナナのお供え物をしている。

>> [連載]暮らしのアナログ物語

 


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(文・写真/平野勝之)

ひらのかつゆき/映画監督、作家

1964年生まれ。16歳『ある事件簿』でマンガ家デビュー。18歳から自主映画制作を始める。20歳の時に長編8ミリ映画『狂った触覚』で1985年度ぴあフィルムフェスティバル」初入選以降、3年連続入選。AV監督としても話題作を手掛ける。代表的な映画監督作品として『監督失格』(2011)『青春100キロ』(2016)など。

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