軍用や宇宙開発分野で進化を続けた“チタニウム製腕時計”の真価【時計百識】

■シチズンが手がけた世界初のチタニウム製腕時計

時計のケース素材で最も一般的なのは、錆びにくく加工がしやすいステンレススチールだろう。また、リーズナブルな時計であればプラスチックも使われているし、高級時計であればゴールドやプラチナといった貴金属もよく知られるところ。

さらに最近では独自開発の素材や、これまでは専門分野でのみ扱われてきた特殊素材まで、今やケースに使われる素材は実に多岐にわたる。こうした数々のケース素材のなかでも一般的になったのがチタニウムだ。

チタニウムの素材特性としてよく知られているのが、ステンレススチールの比重の約60%という軽さ。しかも耐食性や耐熱性、強度を備え、表面は酸化被膜で覆われているため錆びにくく、さらには金属アレルギーを引き起こしにくいなど、時計のケース素材としては数多くのメリットが挙げられる。

そんなチタニウムが実用化されたのは1950年代で、軍用機に用いられたのが最初とされている。その後、1960年代にはアメリカの有人宇宙飛行計画に採用されたことを機にチタニウムへの注目度が高まり、この素材の研究が本格的にスタート。こうして1970年、ついにチタニウムを採用した腕時計が発表される。しかも、世界で初めてチタニウム製腕時計の製品化に成功したのは日本のメーカーであるシチズンだった。

▲1970年に発表された世界初のチタニウム製腕時計「X-8 クロノメーター」

シチズンが世界初のチタニウム製腕時計「X-8 クロノメーター」を製作した10年後、1980年にはポルシェ デザインが「チタニウム クロノグラフ」を発表。これはポルシェ デザインがデザインし、IWCが製造を担当したモデルで、ケース素材のみならずブレスレットにもチタニウムを用いた世界初のクロノグラフモデル。

しかも、プッシュボタンを時計のケースにシームレスに組み込んだデザインも画期的で、この独創的な意匠はポルシェ デザインの現行コレクションである「モノブロック・アクチュエーター」に見ることができる。

一方のシチズンも1982年には1300m防水を実現したチタニウム製のダイバーズモデルを発表しているが、チタニウム製の腕時計が一般化するのは1987年のこと。それまでクローズアップされてきた、軽量で強く、錆びにくいという素材特性に加え、医師の臨床実験によって耐アレルギー性も実証されたことで、チタニウム製腕時計の商品開発が本格化したのだ。

▲軽さや丈夫さに加え、耐金属アレルギー性を謳って1987年に発売された「アテッサ」

 

■加工技術の向上でチタニウムも“選べる”時代に

もっとも、チタニウム製腕時計がなかなか一般化しなかった大きな理由は他にある。それは、ステンレススチールと比べるとチタニウムの加工が難しいから。チタニウムには発火しやすく、摩擦によって工具の寿命が短くなり、さらには素材そのものが変形しやすいという特徴がある。つまり精密な加工が行いにくい素材であり、それゆえコストがかかる=商品単価が上がってしまうというわけだ。

しかし、1970年に最初のチタニウム製腕時計が発表されてから50年の間に加工技術は飛躍的に向上。とりわけ、そのパイオニアであるシチズンは、プレスや切削、研磨といった各工程での安定した加工技術を確立するとともに、独自の表面硬化技術と組み合わせることで、長きにわたって時計を美しい状態で楽しめるようにした。

▲純チタニウムは酸素や炭素、窒素と反応しやすいためプレス加工が難しいとされるが、シチズンではチタニウムを高温加熱することでさまざまなプレス成形を可能にしているという

また、その素材特性から、かつてはダイバーズモデルをはじめとするスポーツウォッチに使われていたチタニウムだが、近年ではドレッシーなモデルでも採用されつつある。

素材特有のアンスラサイトカラーを活かしたモデルもあれば、ポリッシュ仕上げを施すことでラグジュアリーな雰囲気を携えたモデルまで、今や、チタニウム製の腕時計は軽くて丈夫で、アレルギーも起こりにくいというだけでなく、バリエーションでも楽しめる時代になっているのだ。

▲シチズンの独自技術を盛り込んだのが「アテッサ ブラック チタニウム シリーズ CC9075-52E」(23万円+税)。純チタニウムに表面効果技術「デュラテクト」を施し、ステンレススチールの5倍以上の表面硬度を実現。エコ・ドライブGPS衛星電波に加え、2都市の時刻を瞬時に読み取れるダブルダイレクトフライトを採用した実用性の高いモデル

▲2019年に発表され、年差±1秒という高精度が話題となった世界限定500本の「ザ・シチズン AQ6021-51E」(80万円+税)も、ケース素材にスーパーチタニウムを採用。ライトシルバーのデュラテクトαを施したケース表面は美しく磨かれ、ザ・シチズンにふさわしい端正な雰囲気を放っている

▲「プロマスター BN7020-09E」(26万円+税)は、光発電エコ・ドライブを搭載しながらも1000mの飽和潜水仕様としたダイバーズモデル。ケース素材にスーパーチタニウムを採用するのみならず、パーツごとに表面硬化技術を変えることで過酷な状況にも耐える外装に仕上げている

 

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文/竹石祐三

竹石祐三|モノ情報誌の編集スタッフを経て、2017年よりフリーランスの時計ライターに。現在は時計専門メディアやライフスタイル誌を中心に、編集・執筆している。

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