ニッポン珍味紀行〜秋田県「いぶりがっこ」ってなに?

秋田県横手市の奥地に「いぶりがっこ」のプロがいる!

いぶりがっこの故郷は秋田県横手市の山内地区。秋田南部の山深い地域で、日本有数の豪雪地帯。そのあり余る雪を利用して、2月にはかまくら祭りもある。

 

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のどかな田舎の風景

毎年11月中旬には雪が降ることが多いそうだが、2015年は暖かいのか、まだ降ってないねえ、でもそろそろかな、と地元の人は話していた。

秋田といえば、発酵の町としても有名だ。今では全国でも数少ない、麹造りの元である「種麹」を作るもやし屋があったり、ハタハタを発酵させた秋田ならではの魚醤「しょっつる」も作られる。

そしてもちろん、酒どころである。毎年、発酵食文化を広めるために「秋田醸しまつり」が開催され、地酒や発酵食品がずらりと並び、県内外の人々で賑わっているようだ。いぶりがっこも秋田が誇る発酵食品のひとつである。

さらに横手では毎年2月初旬に「いぶりんピック」なるものが開催されている。これは、いぶりがっこの日本一を競うコンテストのようなもので、2016年で10周年になるとのこと。

「クラシカル部門」と「我が家自慢の漬物広場」があり、クラシカル部門は地元横手市の人だけが参加できる、天然の素材のみを使用した伝統的いぶりがっこである。

腕によりをかけた自慢のいぶりがっこを各自持ち寄り、その美味しさを競って戦う?!のだ。

今回訪ねたのは、いぶりんピッククラシカル部門で初代チャンピオンとなり、その後も何度も受賞しているプロ中のプロ、高橋篤子さんの“いぶり小屋”だった。ここでは昔ながらの伝統的製法でいぶりがっこが作られている。

 

篤子さん一家が住むのは横手市山内地区でも特に奥のほうで、もう岩手との県境に近い。

なだらかで気持の良い丘の上に作業場があった。この日はまあまあ天気も良く、眼下に穏やかな田舎の田園風景が広がっている。しかし秋田の冬はあまり天気の良くない日のほうが多い。全国年間日照時間ランキングでは、いつも最下位争いをしているほどだ。

だが、この天気の悪さが幸いして、秋田の名品いぶりがっこは生まれたのだった。そもそもたくあんを作るために、本来なら大根を外で天日干しにしたかったが、秋田では雨や雪が多いため、仕方なく室内で干したのが始まりだそうだ。

その歴史は室町時代まで遡るともいう。当時は囲炉裏の熱で乾燥させていたので、同時にその煙で燻されて、気付いたら燻製になっていたということだ。秋田の風土ならではのエピソードである。

 

いぶりがっこはどうやって作る?

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次々と洗われていく、大量の大根

 

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「燻煙中」と書かれた小屋の中には、大根がずらりと吊るされていた

 

「いぶりがっこ」はどうやって作るのか。

  1. 毎年11月初旬から12月にかけて大根を収穫
  2. 大根をよく洗って乾かす
  3. 新鮮なうちに8〜10本程度に分けて縄で束にする
  4. 燻し小屋に束にした大根を吊るし、約4日間燻す
  5. 約60日間漬け込み熟成させる

私が見に行ったときは、約2800本の大根が吊るされていた。圧巻である。大根の種類は「香漬の助」。ばらつきが少なく肉付きよく、いぶりがっこに向いているといわれる。

篤子さん一家は農家でもあり、家族で無農薬の野菜を育てている。大根を全部吊るし終わったら、薪で火を焚く。思っていたより原始的だ。

篤子さんのところでは、薪はリンゴやミズナラの木を使うことが多い。どっしり太めの薪がいいという。1、2日目はかなり強めの火力でしっかりと、3日目になったら少し落ち着かせ、およそ4日間燻す。

大根の状態と火加減を見て温度調整をすること、また大根や薪の位置を時々ずらして、全体を均等に燻すようにすることも大事とのこと。大根の表面がしわしわになり、弓なりに曲がってきたら燻しは完了。漬け込みの作業に入る。

 

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薪は2カ所で焚かれている。手に持った棒で箱を押して、薪の位置を変えたりする

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これは1日目なので、まだそれほど水分が抜けていない

 

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人参も干されていた。こちらは山内人参

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干した本数が記されたメモ書き。小屋の板壁に直接書いている。毎年全部で2万本くらい干すという

 

隣りの小屋では、篤子さんのお姑さんである麗子さん(83歳。お肌ツルツル!)が、漬け込むための材料を混ぜていた。

米麹、米糠、炊いた玄米、塩、ざらめ、紅花などが使われる。米の材料をかなり贅沢に使うことも、米どころ秋田らしい特徴といえる。大根は漬け樽に一列に並べ、漬け込み材料と交互に入れる。最後に重しを乗せて、約60日熟成させる。

 

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大きなしゃもじで漬け材料を混ぜる。いぶりがっこの製法はその家代々のもので、各家庭の味がある。篤子さんは麗子さんから伝えられた

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漬け込みには杉樽が使われることも。100年以上経ったものもある

 

篤子さんのところでは、使わなくなった貨物用のコンテナが漬物の貯蔵庫になっていた。中を覗くと、まだ漬けてそれほど日数の経っていない、いぶりがっこの箱がたくさん並んでいた。

漬け汁を舐めてみると、まだちょっと角が立っているような感じだ。熟成が進むと、もっと味が熟れて落ち着いてくる、と篤子さんは言う。12月末くらいから、いぶりがっこの出荷が始まる。しかし出始めの新ものより、もう少し寝かせた5、6月くらいのほうが味が乗って美味しいとの話もある。

無添加のいぶりがっこの場合、賞味期限はおよそ半年なので、だいたい7月末くらいまでとなる。だから燻している時期に秋田を訪れると、いぶりがっこを味わうことはできない。残念過ぎる。。。

 

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コンテナ貯蔵庫。エアコンがあるわけではなく、自然の温度で熟成させる

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白い膜は産膜酵母か? この膜ができるのが正しい姿で、美味しさを閉じ込めてくれている気がする、と篤子さん

 


 

今回はもう一軒、いぶりがっこの生産者を訪ねた。

「山内いぶりがっこ生産者の会」にて会長を務める高橋一郎さんだ。ここでも燻しの真っ最中。こちらも大根は自家栽培の香漬の助。

薪はナラ、クリ、サクラ、イタヤなどを使っているという。火加減は、最初は30℃くらいで一定に保ち、大根の状態を見つつ、への字にしなってきたら徐々に温度を下げるという。

燻し始めのうちは薪の位置を2時間毎に移動するなど、細やかな作業を行っている。やはりいぶりがっこ作りは手間がかかり、なかなか大変な作業なのだ。

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倉庫のような建物がいぶり小屋に。ここでも1回に2000本くらい燻す

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棚のようなオリジナルの柵を作り、大根は縄で縛らなくても陳列できるようになっていた

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木樽で漬けたもの。他に、篤子さん同様にプラスチック箱で漬けたものもある。木樽は洗浄などの衛生管理がプラスチックに比べて大変とのこと

 

昔は各家庭の囲炉裏の火で燻されながら作られていた「いぶりがっこ」。

文明の波が押し寄せ、囲炉裏がなくなり電気やガスに変わった頃、一旦は廃れてしまったそうだ。

名人といわれる一郎さんも作り始めて14、5年、最近になってやっと分かってきたが、まだまだ勉強中だという。

現在はいぶりがっこを伝えようという動きも増えてきており、例えば秋田大学の学生がプロジェクトを作り、生産者の指導の元、いぶりがっこ作りに取り組んでいる。「いぶりんピック」でも若手初心者のエントリーがじわじわと増え、盛り上がりを見せているようだ。

東京の居酒屋でも最近は見かけるようになった、いぶりがっこ。年末年始には、ちょうど新ものが出てくる頃である。

協力:秋田県横手市役所

 

(写真・文/江澤香織)

 

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