もう一度乗りたい!フィアット「パンダ」はクルマの楽しさを教えてくれる小さな名車

■クルマ作りのプロも高く評価する乗り味

ーー自動車メーカーの開発者にも、初代パンダの走りを高く評価する人がいますよね。

岡崎:とあるメーカーの人は、今でも大切に乗り続けているよね。「ロールは小さい方がいい」とか、「増大し続けるパワーに応じてタイヤをどんどん太くしなければ」といった、昨今のクルマ作りのメソッドとは対極にあるクルマだから、新鮮に感じられるんじゃないかな。

初代パンダは大衆車だし、多くの人々により安く提供したいという開発テーマを抱えていたはず。それをクリアするために、キャビンを囲むガラス類にはすべて、安価な平板ガラスが使われているし、組み付け精度が悪くても見栄えが悪くならないよう、エンジンルームの上から被せるようなクラムシェル型のボンネットが採用されるなど、コストダウンが徹底されている。エンジンだって構造はシンプルだし、今見るととても非力だよね。

それでもいざ走らせると、ビックリするくらい楽しい。それってまさに、イタリアンマジックだと思うんだ。初代パンダの開発陣は皆「安いクルマでも楽しくなきゃね!」という思想を共有していたんだと思う。乗る人の感性に訴えかける楽しさとは何か、どのようにすればそんな乗り味をカタチにできるのか、彼らはきっとツボを押さえていたんじゃないかな。

ちなみに、感性に訴えかける走りを具現するというのは、これまで日本車が苦手としてきたこと。それでもトヨタなどは、ようやくここへ来て感性評価を重視し始めた。従来、トヨタのクルマ作りはスペックありきで、数値的には十分満たされているものの、実際に乗ってみると「つまらない」と感じるモデルが多かった。でも、この2、3年で彼らの開発手法は大きく変わった。まずは乗った時に感じる、しなやかさとか楽しさといった感性評価を重視。それがどんな条件でカタチになっているのかを数値化し、図面へと落とし込んでいる。でもフィアットは、初代パンダの開発時にはすでに、そんな開発手法を採り入れていたんだよ。

成熟していない顧客やマーケットに対しては、数字をアピールした方がプロダクトの価値を理解してもらいやすい。とはいえ成熟した顧客は、数字だけでは価値を判断しにくい、奥深いプロダクツを求めるようになる。初代パンダの奥深さから判断する限り、ヨーロッパ、特にイタリアという国は、初代パンダ誕生時にはすでに、自動車マーケットが成熟していたんだろうね。

ーーでもここへきて、欧州やイタリアのクルマ作りも変わってきたように思います。

岡崎:それはきっと、中国という巨大市場を視野に入れたからだと思う。成熟とは対極の市場でより多くのクルマを売るために、分かりやすさ重視のクルマ作りにシフトしたんだろうね。

スーパーカーも同様で、昨今、600馬力だ700馬力だとパワー競争が激化しているけれど、それは基本的に、ニューリッチ層のデマンドに応えるためのもの。成熟したファンの本音はきっと「フェラーリは700馬力なくてもいい。400馬力でいいからあの頃の快音を聞かせてよ」という感じじゃないかな。数値という絶対性能を追い求める人たちのデマンドが、クルマを追い詰めているのかもしれないな。

ーー昨今、初代パンダが高い評価を受けているのは、そうした業界の動向に対する一種のカウンターカルチャーなのかもしれませんね。

岡崎:スペックを求め続けると疲れちゃうんだよね(笑)。例えば昔、PCはあれほどCPUのクロック数をアピールしていたのに、今ではほとんどアピールしなくなった。CPUの処理速度が遅かった時代はセールスポイントになったのかもしれないけれど、大半のPCがある程度の処理速度を得た今となっては、アピールすべき点はそこではなくなってしまったんだ。

クルマも同じで「300馬力のつまらないエンジンと、150馬力の気持ちのいいエンジン、どちらがいい?」と聞いたら、きっと多くの人が後者を選ぶと思う。実際、初代パンダは50馬力しかないのに、抜群に楽しかったからね。そういった気づきを与えてくれた初代パンダは、モータージャーナリストである自分にとってのメートル原器だと思う。

<SPECIFICATIONS>
☆CLX(1994年)
ボディサイズ:L3405×W1510×H1485mm
車重:740kg
駆動方式:FF
エンジン:1108cc 直列4気筒 OHC
トランスミッション:5速MT
最高出力:50馬力/5250回転
最大トルク:8.6kgf-m/3000回転


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コメント/岡崎五朗 文責/上村浩紀

岡崎五朗|青山学院大学 理工学部に在学していた時から執筆活動を開始。鋭い分析力を活かし、多くの雑誌やWebサイトなどで活躍中。テレビ神奈川の自動車情報番組『クルマでいこう!』のMCとしてもお馴染みだ。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

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