10馬力アップの価値はあるか!?マツダ“スカイアクティブXスピリット1.1”の進化と真価

■高効率で応答性にも優れるスカイアクティブX

誕生からわずか1年余り。マツダのスカイアクティブXが早くもアップデートされる。今回の改良は、デビューから間もない実施となることから、マツダはこれまで発売してきたマツダ3と「CX-30」のスカイアクティブX車オーナーに対しても、エンジンの無償アップデートを検討しているという。もし実現すれば、スマホのアプリ感覚でエンジンを最新の状態に更新できるのだから、新規に購入を検討する層だけでなく、既存ユーザーにとっても魅力的な内容といえるだろう。

そんなアップデート版の魅力についてお伝えする前に、改めてスカイアクティブXの特徴についておさらいしておきたい。

スカイアクティブXは、マツダが世界で初めて量産化に成功した、“圧縮着火”という新しい燃焼方式を採用したガソリンエンジンだ。通常のガソリンエンジンは、点火プラグの火花で混合気に着火、最初についた火炎が徐々に燃え広がることから“火炎伝播燃焼”と呼ばれる。イメージとしては、ガスコンロに火をつけた時のようなものだ。それに対して圧縮着火は、燃料と空気をよく混ぜた混合気を圧縮して高温状態にし、自己着火させるメカニズムである。

エンジンの熱効率を高めると、燃費は良くなり出力も向上するが、そのためにはエンジンの圧縮比を高めたり、比熱比を高めたりする必要がある。耳慣れない比熱比とは、燃焼させる混合気をリーンな状態、つまり、混合気内の燃料を希薄な状態にすると高まるもの。しかし、空気の比率を高めて混合気をリーンな状態、つまり、燃料と空気が過不足なく燃える燃料と空気の理想的な比率よりも空気の割合が高くなると、点火プラグでは火がつきにくくなる。

そこで圧縮着火の出番というわけだ。圧縮比を高めることで熱効率が向上。と同時に、燃焼室が高温となり、リーンな混合気でも自己着火する。もちろん、リーンな混合気を使うから、比熱比が高まって熱効率も向上する。つまり、スカイアクティブXで実用化された圧縮着火は、熱効率を向上させるための一挙両得な技術なのだ。

ただし、あらゆる運転条件下で自己着火を成立させるには、シリンダー内の状態を高精度に把握し、燃焼状態を緻密にコントロールしなければならない。そのハードルは思いのほか高く、圧縮着火は“究極の内燃機関”とされながら、過去にはなかなか実用化に至らなかった。マツダがスカイアクティブXで世界初の実用化に成功したのは、スパークプラグによる火花点火を利用した“SPCCI(火花点火制御圧縮着火)”をものにしたため。一般的なエンジンのように、火花で起こした火炎を伝播させるのではなく、あくまで圧縮着火の“きっかけ”作りのために、点火プラグによる火花を用いているのが特徴だ。

また、圧縮着火は“燃焼が速い”のも美点。一般的なエンジンに用いられる火炎伝播は、伝播という言葉が示すように、導火線を火が伝わるかのごとく徐々に燃えていくもの。一方の圧縮着火は、燃焼室内で同時多発的に燃え広がるため、瞬時に燃焼が終了する。その分、アクセルペダルの動きに対する応答性に優れるのだ。高効率と並ぶスカイアクティブXのもうひとつの美点=ドライバビリティの高さは、こうした特性に起因している。

■瞬発力と自在感を磨き込んだ“スピリット1.1”

今回のアップデートにおけるメインテーマは、スカイアクティブXの“燃焼制御の緻密化”だ。マツダは発売後も熱心に開発を続けることで新たな技術を蓄積し、筒内の状態をより高精度に予測できるようになったという。そのおかげで、スカイアクティブXは“高応答エアサプライ”と呼ばれる機械式スーパーチャージャーをより早い段階から作動させられるようになり、より多くの空気を取り込んでも燃焼できるようになった。ターボエンジンに例えれば、過給圧を高めると同時に、過給のタイミングを早くしたようなものである。

その結果、アップデート版は、最高出力が従来比10馬力アップの190馬力、最大トルクは1.6kgf-mアップの24.4 kgf-mへとそれぞれ向上している(いずれもマツダの社内測定値)。なお、15.0の高い圧縮比や2リッターの排気量などに変更はない。

今回、マツダの美祢試験場にあるサーキットコースとワインディングコースで、新旧のスカイアクティブXを積むマツダ3を乗り比べたが、正直なところ、10馬力/1.6kgf-mという性能アップをはっきり認識するのは難しかった(筆者のセンサーが鈍いせいかもしれない)。ただし、スカイアクティブXとのつき合いが長い既存オーナーなら、アップデートの効果を敏感に感じ取れるかもしれない。

では、今回のアップデートに価値はないのか? というと、そんなことはない。アップデート版を積むマツダ3は、実に楽しいクルマに仕上がっていたのだ。マツダは今回のアップデートによって、スカイアクティブXの“瞬発力”と“自在感”が高まったと説明するが、それは誇張でもなんでもなく、まさに的を射た表現だ。アクセルペダルの踏み加減に即応し、エンジンが生み出す力が増えたり減ったりするのだが、その際の反応がリニアなため、右足の加減ひとつでクルマの姿勢をコントロールしやすい。ジワッと踏めばジワッと反応し、ガツンと踏み込めばガツンと力を出してくれる。だから、コーナリング時なども狙ったラインをトレースしやすいのである。

従来のスカイアクティブXも、優れた瞬発力と自在感を備えていたが、アップデート版はその印象がさらに強くなっている。つまり、今回の10馬力/1.6kgf-mという性能アップは、数字の大きさで見栄を張るためのものではない。クルマとの一体感や操る楽しさの向上としてドライバーに恩恵をもたらすのが狙いであり、それこそがマツダのクルマづくりにおける本質であることが、アップデート版に乗ると分かる。「操って気持ちいい」「もっと乗っていたい」と思わせる仕上がりなのだ。

■特別なエンジンであること主張する新エンブレム

今回、瞬発力と自在感を磨き込んだアップデート版を、マツダは“スカイアクティブX スピリット1.1”と呼んでいる。スピリットとは「内燃機関の理想に向けて徹底的に技術を磨き上げていくマツダの“精神”」に由来したもので、それに続く1.1のひと桁目の数字はハードウェアのステージを、小数点以下はソフトウェアのステージを示している。今回はソフトウェアのアップデートのため、小数点以下の“1”が追加されたわけだが、将来的なハードウェアの進化を示唆するネーミングともいえるだろう。

スピリット1.1を搭載するマツダ3には、新たにフロントフェンダーに専用のエンブレムを追加されることになった。これまでのスカイアクティブX搭載車は、ブラックメタリックに塗られたホイールと大型のマフラーカッターで他のモデルとの差別化を図っていたが、よほどのクルマ通でなければ識別が困難だったのも事実。従来型のオーナーにしてみれば、「自分のクルマはほかとは違う!」と、もっとアピールしたい気持ちを抱いていたことだろう。そんな声に応えるべく、ひと目で特別なエンジンを積んだグレードだと分かるよう、スピリット1.1搭載車は目立つ位置に専用の目印が付けられる。

そのほかスピリット1.1搭載車は、これまでリアに貼られていた「SKYACTIV-X」のエンブレムが、マイルドハイブリッドシステム搭載車の証ともいうべき“e”の頭文字が付いた「e-SKYACTIV-X」に変更される。

パワーユニット自体のアップデートは既存のスカイアクティブXオーナーにも展開される見込みだが、これら専用のエンブレム類は、スピリット1.1オーナーだけの特権といえる。


[関連記事]
夢のエンジンは技術者の挑戦の結晶!「マツダ3」の“真打ち”が見せた本当の実力

主役のスカイアクティブXを食う勢い!?1.5リッターは「マツダ3」の“名脇役”

マツダ3よりいいかも!新世代エンジン“スカイアクティブX”は「CX-30」と相性抜群


文/世良耕太

世良耕太|出版社で編集者・ライターとして活動後、独立。クルマやモータースポーツ、自動車テクノロジーの取材で世界を駆け回る。多くの取材を通して得た、テクノロジーへの高い理解度が売り。クルマ関連の話題にとどまらず、建築やウイスキーなど興味は多岐にわたる。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

トップページヘ

この記事のタイトルとURLをコピーする