【XFスポーツブレイク試乗】濃密な“ジャガーらしさ”を内に秘めたお宝ワゴン:岡崎五朗の眼

■ジャガーのハンドルを握ると紳士の振る舞いが身につく!?

ジャガーXFスポーツブレイクは、見るほどにきれいなクルマだし、乗るたびにその良さを感じられるクルマだ。全体のフォルムにはきれいな塊感があり、ルーフラインも美しい。

ディテールの造形も、グッと張りのあるショルダーラインに対し、サイドにはキャラクターラインが鋭く入り、それがリアに向かう従ってスッと消えてゆく。ボディサイドにラインを引く場合、ドイツ車であればフロントからリアまでカッチリと線をとおすはず。そうしたXFスポーツブレイクのデザインタッチを見ると、繊細なニュアンスをとても大事にしているころが分かるし、そうした積み重ねが独特のエレガントさを生んでいる。

フロント回りのデザインについても同様だ。XFはじっくりと眺めれば実に端正だが、メルセデス・ベンツをはじめとするドイツのプレミアムブランドやレクサスのような分かりやすい“顔”を持っているわけではない。ジャガーというブランド名こそ広く知られているけれど、誰もが思い浮かべる昔のジャガーとは顔つきが全く異なる。これは一例に過ぎないが、そこがXFスポーツブレイクの良いところでもあり、悪いところでもある。XF、引いては昨今のジャガーは、その個性や良さがなかなか分かりづらいのである。

ではなぜ、ジャガーは誰もが分かりやすい“ジャガーらしさ”と決別したのだろうか?

ちょっと前の話になるが、フォード傘下にあった時代のジャガーは、フォード「モンデオ」をベースに「Xタイプ」を、リンカーン「LS」をべースに「Sタイプ」を作った。XタイプとSタイプは、往年のジャガーが備えていたアイコンを表面に振り掛けただけのモデルで、後に聞いたところによると、この2台を世に出すことに対し、ジャガーの開発陣は相当な葛藤があったという。それもそのはず、日本でいう“フジヤマ”“ゲイシャ”といったステレオタイプの懐古主義なクルマなど、開発陣としては積極的に作りたいとは思わないはずだ。

翻って現在、ジャガーの開発陣は、新しくモダンなブリティッシュカーの創造に挑戦し続けている。しかし、新世代ジャガーのたたずまいにジャガーらしさは残っていないのか? といわれれば、決してそんなことはない。一見して分かる“ジャガーらしさ"、つまりは、ウッドパネルやATセレクターの“Jゲート”といったアイコンがなくなっただけで、芯となる部分には、ジャガーらしさがしっかりと息づいている。

先ほど分かりづらいと評したデザインも、付き合うほどにをジャガーならではの魅力を発見できるし、流行に左右されないという点もまた、ジャガーらしい部分といえる。中でも、スポーツブレイクの優雅で美しいルーフラインはその象徴だ。このクラスのステーションワゴンとなれば実用性も重視されることから、XFスポーツブレイクも、リアシートを倒せば1700Lという広大なラゲッジスペースを確保している。それでも、ライバルであるドイツ車に比べれば、かなりデザインに振ったたたずまいだし、眺めるほどにきれいだな、という思いが強くなる。

普通は「荷物を積む機会が多いから」というのが、ステーションワゴンを選ぶ際の動機だと思うが、XFの場合は、このルーフラインをカッコいいと思えばスポーツブレイクを、よりフォーマルさを求めるならサルーンを、といった具合に、デザインの好みで選び分けるというのもアリだろう。

また走りについても、デザインと同様、どこか分かりづらい印象を受けるかもしれない。

今回の試乗車は、タイヤ&ホイールにオプションの255/35R20サイズ(標準は245/45R18)が装着されていた。しかし、路面の段差を乗り越えてもタイヤがたわむ感覚がしっかりあり、荒れた舗装でもノイズや振動といった雑味がキャビンやステアリングに伝わることはない。タイヤに仕事をさせるには、ガッシリとしたボディとサスペンションが不可欠だが、XFスポーツブレイクはこの薄いタイヤをしっかりと履きこなしていた。

サスペンションそのものも秀逸で、高速道路上でのうねりのいなし方も気持ちがいい。フラットな乗り味を追求するドイツ車は、車体の揺れを1ストロークで吸収しようとする印象があるが、XFスポーツブレイクは、1.5ストロークでじわりと優しく受け止める、といったイメージ。だからといって、ただ柔らかいということもなく、しなやかな脚を生かして、コーナーもスムーズかつ、きれいに曲がっていく。このように、乗り味も実に非凡なのだが、これもディーラーなどでの短時間の試乗では、なかなか伝わりづらいと思う。

振り返ってみれば、往年のジャガーサルーンは、走りも独特のエレガントさを秘めていた。ひと言でいえば、スポーティだけど荒削りではない、という感触。スポーティ=硬いという単純な図式から離れたスポーティさの表現が、実に巧みだった。乗り味は穏やかなのに鈍重ではなく、エンジンは十分な力があるのにリラックスして扱える。XFスポーツブレイクの走りからは、そんなジャガーならではのスポーティさを感じられるし、この独特のニュアンスも、往時のジャガーを知る人なら納得できるはずだ。

そして、そんな独特の乗り味には、実はジャガーの本質が隠されている。

Noblesse Oblige(ノーブレス・オブリージュ)ーー。「身分の高い者はそれに応じて果たさなければならない責任や義務がある」という、欧米の道徳観を意味する言葉で、かの地においては、高貴な者はいざという時は戦うけれど、普段は穏やかに過ごすのが望ましい、とされている。

ジャガーとはまさに、そういった立ち位置のクルマであり、十分な性能を備えながら、無闇に牙をむくような走りを求めてはいない。もちろん、クルマからいたずらに「飛ばせ」というメッセージを感じることはないし、流れに乗ってゆったり走るのも苦にならない。「ジャガーに乗ったからといって、誰もがジェントルマンになれるわけではない」という人もいるが、少なくとも、周囲に対して寛容になれるし、間違っても、前をゆくクルマをあおったり、どかしたりしたくなることはない。つまり、ジャガーのハンドルを握っていると、クルマに合った振る舞いが自然と身につくのだ。本来のジャガーとはそういうクルマであり、今回のXFスポーツブレイクにも、往年のジャガーサルーンに通じるそんなジェントルさが濃密に息づいている。

芯の部分にジャガーらしさを残しながら、たたずまいやしつらえはモダンブリティッシュへと大きく舵を切った新世代のジャガー。分かりやすいアイコンで勝負するライバルに対するアンチテーゼ、という意図もあるのだろうが、フォード時代の抑圧から開放された開発陣は、新しいジャガーを作ろうという意欲に満ちているし、XFスポーツブレイクに接してみて、彼らの思いが着実に実を結んでいると感じられた。

一方、XFスポーツブレイクを始め、新世代のジャガーを理解するには、相応のリテラシーが必要だ。ステーションワゴンを買おうという人の9割は日本車を選ぶだろうし、残りの1割も大半は、ドイツ車を選択すると思う。その他はいわゆる“ハズシの選択”にいえるのだろうが、XFスポーツブレイクはまさに、その枠に眠るお宝であることは間違いない。そんな“分かりづらいお宝”を引き当てるためには、選ぶ側にも経験に基づく審美眼が求められるのだ。

<SPECIFICATIONS>
☆プレステージ
ボディサイズ:L4965×W1880×H1495mm
車重:1810kg
駆動方式:FR
エンジン:1995cc 直列4気筒 DOHC ターボ
トランスミッション:8速AT
最高出力:250馬力/5500回転
最大トルク:37.2kg-m/1300~1500回転
価格:756万円

(文/岡崎五朗 写真/村田尚之)


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