ロードスターの核心:マツダ 山本修弘(2)チームをひとつにした『志ブック』

 自発的なコミットメントは絶対にやり遂げる

--NDの開発に携わられた方々には、これまで、開発当時のお話を何度かお聞きしてきました。そのたびに「さすがはロードスター、開発スタッフは手を抜いていないな」と実感させられ、時には「さすがにそこまでしなくてもいいんじゃないの?」と驚かされることもありました。

全体をまとめられた山本さんからご覧になっても「そこまでやる?」と感じられた“やり過ぎ”な点もあったのではないでしょうか?

山本: (きっぱりと)いいえ。やり過ぎだと感じたことなんて、ひとつもありませんよ。スタッフのみんなには、与えられた目標だからそれをこなす、といった、受け身にはなって欲しくなかった。

そのために、NDに関わるスタッフ全員に、それぞれが担当する領域において、ロードスター作りに対する“志”を表明してもらいました。それをまとめたものが、この『志ブック』なんです。

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この中で僕自身は「人が楽しむ感覚の進化を革新していきます。併せて人材育成、人が成長するプランを目指します」とコミットしています。

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--開発の目標を、担当する皆さんが自ら設定されたわけですね。

山本:例えば、原価計算を行ったファイナンスの担当者は「(マツダの)ステータスシンボルとして、気品と性能と品質を備えたロードスターを、適正なコストと投資で作ることを目指します」と宣言しています。

クルマを開発する時って、いろんなことを考えると、やっぱりお金はできるだけセーブしなければならないんです。だからファイナンス担当者としては「予算が限られているから使うな」っていいたくなるところですが、彼はそういわなかったんです。なぜなら「適正な価格でステータスシンボルとなる気品と性能と品質を作る」ということを、彼が自ら表明したから。単に予算を絞る、ということを目的にしてはいないわけです。

開発現場のスタッフだと、ファイナンス担当者が何を考えているのか、普段はなかなか聞けないけれど、こうやって文章化されたものを見ると「よし自分たちも頑張ろう」と思えるんですよ。

--でも、それだと予算オーバーになっちゃいそうですが…。

山本: 実はファイナンス担当者は、続けてこうも書いています。「限られた資源をうまくバランスさせるために直接対話し、解決策を見つけ出していく」。これには感激しました。

自分の担当領域から一歩踏み出して、より高い目標、同じゴールを目指してくれる、という宣言なのです。もちろん開発現場としては、予算をオーバーした部分は必ずどこかで帳尻を合わさなければいけません。具体的に、オーバーした部分はこの部分をカットしてバランスをとる、といったロードマップを描き、ファイナンス担当者と約束をします。それがないと、開発は成立しませんよね。

--ちなみに、具体的にコストが上がってしまった点を教えていただけますか。

山本:例えば、試作品や試作車の数が増えた点、ですかね。いろんなものを本当に何度も作り直したので。

というのも、ロードスターは感覚の世界で成り立っているクルマなんです。それを我々は“感”といっているのですが、それは実際に作ってみないと分からないことが多分にあるんです。デジタルデータだけでは解決できない領域を、実際に確かめて、試して、煮詰めてこそ、心に響くクルマが完成するのです。

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--人の感覚の進化を革新していくには、欠かせない作業なのでしょうね。そのほか『志ブック』には、どのような宣言が書かれていましたか?

山本:製造現場の担当者は、こう表明しています。「モノ作り革新には、製造価値、提供思想、マニュファクチャリング・フォー・カスタマー、お客さまに走る喜びイコール感動を与える商品を、製造技術、技能でブレなく供給し続ける」と。

具体的にいうと、企画や開発部門の狙いと、それを達成するためのシナリオを理解した上で、作り込みや品質を保証するために設備投資を行い、開発と製造とのベクトルを融合させられるよう、主体的に働きかける、といった意味なんです。こんなことを工場で働く現場のスタッフが宣言してくれたんですよ、開発側としては勇気が出ますよね。

また、ボディパネルのプレスを担当するスタッフは「造形美思想、匠の技とデジタル技術を融合させ、デザインが求める部品形状を作りこむことで、プレス部品とプレス部位を芸術品に昇華させる」という“志”を表明しています。扱うすべての部品、金型を徹底して作りこみますよ、といってくれているわけです。もう、涙が出ますよ。

これらは皆の自発的なコミットメントですから、絶対にやるんですよ。全員がこういった高いレベルでクルマ作りに取り組めば、良いものができるに決まっている、僕はそう思うんです。そういったことを有言実行するためのものが、この『志ブック』だったというわけです。

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