リーズナブルだけど高級感ある腕時計に込められた情熱

クラウドファンディングで歴史的な記録を残した時計ブランド、カル・レイモンが新作を引っさげて帰ってきた。今回はクラシカルさを残しつつ、さらにシンプルかつ高級感あふれる3万円台のムーンフェイズを実現している(※クラウドファンディングに限り2万円台で購入可能)。新社会人が購入できる価格帯ながら、そのまま長く愛用できる設計思想。その独創的な魅力と、創業メンバーである若きふたりに、時計作りへ賭ける想いを聞いた。

■「本格的なクラシカル時計を自分たちの手で作りたい」

ふと目をやると、腕にしっくりと馴染むクラシカルな時計がある――。

▲「Classic Pioneer」

カル・レイモンの1作目にして絶大な人気を得た「Classic Pioneer」から時を経てリリースされた、待望の2作目「Classic Simplicity」。同ブランドのレゾンデートルとも言える「クラシカル」、その象徴的なアイコンでもある“ムーンフェイズ”をデザインの中心に据えている。1作目にはあった、月・日・曜日を示すサブダイヤルを潔く排しているが、細部に至るまでデザインされたダイヤルによって、ミニマルな感じはまったくしない。

▲「Classic Simplicity」

その細部に目を向けると、ダイヤルは2層構造となっており、インナーサークルには螺旋を描くように繊細な“ギョーシェ彫り”が施されている。さらに、数字とバーを並べたインデックスによって、シンプルになりすぎない動きが表現されている。ケースは38mmとすることで流行を追うことなくクラシカルを追求した。

ダイヤル、ケース、さらにストラップのカラーバリエーションを豊富に揃えているのもうれしい。それでは、カル・レイモンの創業者ふたりが作り出している、クラシカル時計の世界観について、じっくりと聞いてみたい。

■欲しかった時計を自ら作ろうと開発を始める

――まず、カル・レイモンというブランドが生まれた経緯ですが、そもそもおふたりは共に慶應義塾大学に留学生として通われていたんですよね。

「そうです。私は経済学を勉強しており。彼は哲学を専攻していました。それで大学を卒業するときに、“一生モノ”の時計を探したのですが、とても高くて若い僕たちにはとても手が出ませんでした。

そのとき探していたのが、クラシックの定番であるムーンフェイズの時計だったんです。それで、ないのであれば自分たちで作れないかと思い、彼に『僕らでも買えるクラシカルなムーンフェイズ時計を作らないか』と提案したら、彼もクラシック時計を探していたこともあり、ふたりでの開発が始まりました。

目指したのは、新社会人にも買えて、でも30代、40代になってもずっと着けていられる本格的なクラシック時計でした」

――それまでまったく時計業界との繋がりもないおふたりにとって、ゼロから時計を作る、しかもリーズナブルなクラシック時計となると、かなりハードルが高いですよね。

「苦労しました。僕たちのやろうとしていることを伝えると、日本の工場からは工程が複雑でリスクが高く一度は断られてしまいました。とにかく実績を作ろうと、一番最初のサンプルは2年かけて海外の工場で作ったのです。それを元に海外のクラウドファンディングに出したところ、金額が想像以上に伸びて、その実績を持って改めて日本の工場へお願いに行きました。その甲斐あって、日本の工場でも引き受けてくれたんです」

――メイド・イン・ジャパンにこだわるのはなぜでしょう?

「月の形やムーンフェイズのウィンドウにおける仕上がりなど、細部のクオリティ向上のため日本製にすることが不可欠でした。実際に日本の工場で作ってから、海外の工場に比べて大幅にディテールが改善されました。新しいブランドとしての信頼性を築く上でも、このこだわりは必要だったんです」

▲38mmのケースは、「Classic Simplicity」用に設計され、丸みを帯びた美しい形を作っている。そこにあしらわれたリューズには、ブランドロゴが刻印される

■妥協を許さない、細部へのこだわり

 

――ムーンフェイズも譲れない機能だったようですが、採用する難しさもあったのではないでしょうか。

「機械式のムーンフェイズは技術的な難しさがありますが、クオーツであれば機械式ほど難しくはありません。ただ、デザイン面では苦労しました。この機能に最適化したデザインにするために、ダイヤルの構成、ケースの型、1作目では3つのサブダイヤルの比率を導き出すのが、相当難しかったです。

実は、1作目のムーンフェイズでは、窓の縁に色を入れているんです。というのも、当初、工場から仕上がってきたダイヤルの窓の部分は、断面にカットした金属が剥き出しでした。それはクラシックの雰囲気にはそぐわないので、色をつけたのです。そうすることで高級感が出ました」

「実は、ムーンフェイズを採用する際に、製造工場との間で一番の課題となったのは、ムーンフェイズの月と夜空の色なんです。工場のデフォルトでは、月の色は淡い黄色で、夜空も明るめの色でした。でも、それではカル・レイモンが目指す、本格的なクラシカルとはイメージが違いました。ただ、日本においては、ムーブメントに手を付けることはタブー視されていたんです。

でも、僕たちも譲れませんから、サンプルを作り、何度も話し合いを重ねて、月の色をダイヤルやケースのカラーに合わせて2色、濃い金色と深いグレーで作ることができました。夜空もネイビーに近い濃い色を出せたのです」

――新作では、ムーンフェイズ機能のみを採用しています。それはなぜでしょうか。

「実はシングルムーンフェイズは、最初から作りたいと思っていました。ただ、シングルムーンフェイズは、シンプルな見た目ゆえに、クラシカルなデザインを作り上げるだけの自信がありませんでした。ただ、1作目を出してから、時間をかけてデザインの勉強をして知見を深め、ようやく作れるところまで来たのです。それに、カル・レイモンとしては、ムーンフェイズがアイデンティティでもあるので、どうしてもシングルムーンフェイズは作りたかったんですね」

――実際にデザインする上では、どのような苦労があったのでしょう。

「最初の頃は、どうしてもミニマリズムなデザインしかできなかったんです。でも、それでは僕たちの求めるミニマリズムからの脱却と、クラシカルへの回帰になりません。そこで、高い技術を持ったデザイナーと一緒に、パソコンでフォトショップやイラストレーターを使い、100個以上の精密なデザインを作り、そこから最終候補を絞って、工場に製作を依頼したのです。試行錯誤の段階をパソコン上で行うことで、コスト削減も実現できました」

「機能がムーンフェイズのみなので、ダイヤルにクラシカルなギョーシェパターンを入れた2層構造にすることで、シンプルなだけのデザインにならないようにしました。インデックスもバーだけでは物足りないので、数字も配置することで、クラシック時計としてのデザインの完成度を高めたのです」

▲バーインデックスには、カル・レイモンとしては初めて蓄光塗料を採用。多くのユーザーから寄せられた夜間の視認性を高めている

 

■クラシカルな逸品を手にすること、それは「大人としての覚悟」

――おふたりが、クラシカルなモノへ情熱を傾けるのはなぜでしょうか。

「クラシックなモノは、手入れやメンテナンスなど手がかかります。つまり、クラシックなモノを持つということは、そういう面倒なことを自分でする準備ができた、男としての覚悟ができたときではないかと思うんです。時計においては、時間を知るだけであればスマホで十分です。

クラシックの魅力は何か考えると、昔から現在までずっと残っているということだと思います。人類の歴史の中で、それはいいものだと認められ続けている、それが時を超えて現代にあることに価値がある。僕たちもそういうブランドを作っていきたいと思っています」

▲本革のベルトを着脱時のダメージから遠ざけるために、高級時計に使われる“Dバックル”を搭載している

■彼らが見ている、これからのクラシック

ブランド設立からのことを話すふたりは、まだ若い。それでも、クラシック時計にかける情熱とそこにかけた時間の深さに、若さはなかった。留学生として日本に来て、未開の時計業界へその身を投げ入れて、一歩ずつ前へ進み、宝物のような時計を生み出す。

彼らの語り口からは、クラシカルなモノへの憧れを超えた思いと、カル・レイモンというブランドに対する愛情が感じられた。彼らが作る、“新しいクラシック”からは当分、目が離せなそうである。

>> カル・レイモン「Classic Simplicity」

(取材・文/頓所直人 写真/湯浅立志、カル・レイモン提供 スタイリスト/宇田川雄一)

衣装協力

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