「マツダ3」のファストバックに向く人、セダンに向く人の見分け方☆岡崎五朗の眼

■セダンもキレキレのデザインの方が良かった!?

マツダ3には“ファストバック”と呼ばれるハッチバックと、セダンの2タイプがある。どちらもSUVに押され気味ではあるが、自動車メーカーにとっては依然として重要なジャンルだ。事実、フォルクスワーゲンのベストセラーカーは「ゴルフ」だし、販売台数首位の座こそ「RAV4」に譲ったものの「カローラ」もトヨタの主力車種であり続けている。実際、北米に行けばセダンの多さに、欧州に行けばハッチバックの多さに驚かされる。SUVだけではすくい上げられないユーザーニーズは今なお確実に存在するのだ。

では、ファストバックが応えるニーズと、セダンが応えるニーズはどう違うのだろうか? 一般論でいえば、選択の分かれ道になるのは機能面だ。詳しくは後述するが、ハッチバックにはハッチバックの得意とする領域があり、セダンにも同じことがいえる。ユーザーはそれぞれの機能面を冷静に分析し、自分にはどちらが合うかを決めている。しかし、マツダ3にそのセオリーは必ずしも当てはまらず、機能よりもむしろデザイン面のウエイトが圧倒的に重いのが特徴だ。例えばカローラは、異なるボディタイプを同じデザインテイストで用意している。それに対し、マツダ3はファストバックとセダンがまるで異なる車種であるかのように思えるほどデザインテイストを明確に変えてきている。

「セダンは誰が見ても美しいと思う正統派美人、ファストバックは好みが分かれるけれど一部の人から強い支持を得る個性派美人を狙った」というのが開発者の弁。確かにその通りで、どこから眺めても違和感のない端正な仕上がりのセダンに対し、ファストバックは太いリアピラーに視点が釘づけになる。人は本能的に違和感のある部分に注目してしまうものだが、そんな特性を逆手にとり、グッと注意を引きつけるのが狙いだろう。やり過ぎると違和感=カッコ悪いで終わってしまうハイリスクなチャレンジだが、マツダのデザイナーは違和感を巧みにコントロールすることで、常識外れに太いリアピラーを個性へと昇華させることに成功した。

むろんこれは僕の印象であって、リアピラー付近の造形を受け入れがたい違和感と感じる人もいるだろう。しかしそれでいい。なぜなら、全員から好かれる必要はないというのがファストバックの狙いだからだ。

一方のセダンは、どこかで視点が止まることはない。ルーフラインが短めのノッチへと自然に収束していく流れも、上半身と下半身をつなぐリアピラーの処理も、きわめて繊細かつ素直な仕上げ。どこにも突っ込みどころのない、クセのない美しさだ。セダンのデザインを見て「嫌い」という人はおそらくほとんどいないだろう。しかしその分、他のクルマではなく「マツダ3でなければダメなんだ」と思わせる力は弱い。

さて、貴方ならどちらのマツダ3を選ぶか? ここで日本でのボディタイプ別販売比率を紹介しよう。ファストバック77%、セダン23%。嫌われるリスクを負いつつ好かれることを追求したファストバックが、嫌われないことを重視したファストバックよりも圧倒的に高い人気を獲得しているというのは興味深いデータだ。ファストバックのデザインが極めて優秀であることの証明でもあるし、マツダというブランドに対して多くの人が期待している方向性を示すデータとも解釈できるだろう。そう考えると、セダンにももっとキレキレのデザインを与えた方が良かったのかもしれない。

■ハッチバックのハンデをカバーしたファストバック

ファストバックとセダンの機能面における最大の違いは全長だ。全長4460mmのファストバックに対し、セダンは4660mm。ホイールベースは同じだから、その違いは334L(ファストバック)と450L(セダン)という荷室容量の違いに直結している。北米のような恵まれた駐車事情の国でセダンが好まれるのは、全長が使い勝手にほとんど影響を及ぼさないから。一方、縦列駐車を強いられることが多いヨーロッパでは、全長の短いハッチバックが好まれる。全長よりも全幅を気にする人が多い日本ではどうか? パーキングメーターをよく利用する僕は少しでも短い方が便利だと思っているが、決定的な違いにはならないだろう。

北米でセダンが好まれるもうひとつの理由にセキュリティの高さがある。トランクルームが独立したセダンは車上狙いに強いのだ。ハッチバックだけでなく、SUVもステーションワゴンもミニバンも、ガラスを割られてしまったらトランクルームにアクセスできてしまうが、セダンだけは別。室内と荷室が物理的に隔離されているため、荷物の盗難を防ぐことができる。

マツダ3のセダンにはトランクスルー機構が備わるが、後席の背もたれを倒すレバーはトランクルーム内だけにあり室内側からは操作できない。セダンならではのセキュリティ性能を維持するためだ。海外旅行に行く時、僕がなるべくセはンのレンタカーを借りるようにしているのも同じ理由から。そうはいっても日本は世界屈指の安全な国だから、これも決定的なアドバンテージかといえば必ずしもそうとはいえないのだが…。

走りに関する部分では、一般的に空力性能、静粛性、ボディ剛性といった面でセダンが有利といわれている。実際、乗り比べてみるとタイヤノイズの室内への侵入はセダンの方が若干小さい。逆に日本の高速道路程度のスピードなら空力性能の違いは無視できるし、ボディ剛性に関しても、元々ファストバックがかなりガッチリしているためか両車に明確な違いはない。総じてファストバックはハッチバックのハンデを十分にカバーしているため、ドライブフィールを理由にボディタイプを選ぶ必要はないというのが僕の見立てだ。

そんな中、最大の違いは視界だろう。太いリアピラーの影響でファストバックの後方&斜め後方視界はお世辞にもいいとはいえない。後席乗員の側方視界も制限される。ファミリーカーとして後席を常に使う人や、大切なゲストを後席に乗せるような仕事をしている人の場合、セダンが合理的な選択になりそうだ。

<SPECIFICATIONS>
☆ファストバック X Lパッケージ(4WD/6AT)
ボディサイズ:L4460×W1795×H1440mm
車重:1510kg
駆動方式:4WD
エンジン:1997cc 直列4気筒 DOHC
トランスミッション:6速AT
最高出力:180馬力/6000回転
最大トルク:22.8kgf-m/3000回転
価格:361万6963円

<SPECIFICATIONS>
☆セダン X Lパッケージ(4WD/6AT)
ボディサイズ:L4660×W1795×H1445mm
車重:1510kg
駆動方式:4WD
エンジン:1997cc 直列4気筒 DOHC
トランスミッション:6速AT
最高出力:180馬力/6000回転
最大トルク:22.8kgf-m/3000回転
価格:361万6963円


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文/岡崎五朗 写真/村田尚之

岡崎五朗|青山学院大学 理工学部に在学していた時から執筆活動を開始。鋭い分析力を活かし、多くの雑誌やWebサイトなどで活躍中。テレビ神奈川の自動車情報番組『クルマでいこう!』のMCとしてもお馴染みだ。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

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