5年ぶりに世界一を奪還!コロナ禍で鮮明になったトヨタの強さ☆岡崎五朗の眼

■5000億円の黒字予想を発表した理由

検査陽性者数がついに1億人を超え、今なお収束していない新型コロナウイルス。そのインパクトは人類にとって2度の世界大戦に匹敵する。間違いなく世界中の歴史教科書に記され、後世に語り継がれることになる事件だ。

東京を含む7都府県に緊急事態宣言が出されたのは2020年の4月7日。同16日には全国が対象となり、5月25日の全面解除まで50日弱。あれほど長い期間自宅にこもったことはなかったし、今後もないだろう(と思いたい)。あの時の気持ちを振り返ると、感染への不安というより経済が止まることによる先行き不安が大きかった。この先、食っていけるのだろうか、と…。

なぜこんな話題から始めたのかといえば、10カ月前の酷い状況を思い起こして欲しかったからだ。影響を受けたのは個人だけではなく企業も同様。そんな中で迎えたのが2021年3月期の第1四半期決算(4月、5月、6月)である。各社の赤字決算が相次ぐ中、トヨタの数字を見て驚いた。139億円の黒字! 日本だけでなく世界中の経済がほぼ止まっている中、トヨタはなんと黒字を確保してきた。

固定費が高い自動車産業にとって工場稼働率の低下は致命的だが、それを見事に跳ね返した。過去を振り返ると、リーマンショックのあおりで15%販売台数が減った際、トヨタの通期利益は2兆円超えの黒字から一転し、4650億円の赤字まで一気に落ち込んだ。今回の第1四半期の販売台数がリーマンショックを超える22%減だったことを考えると1000億円超えの赤字になってもおかしくない状況である。

にもかかわらずの139億円の黒字。これは見事としかいいようがない。しかも、通期では5000億円の黒字見通しを出してきたのには驚いた。ただし139億円の黒字と、5000億円の黒字見通しの発表は意味がかなり違う。前者はトヨタがここ10年でやってきた構造改革の成果であり、後者は「不安に覆われている日本を元気にしたい」という豊田章男社長の思いの表れだ。

今もそうだが、当時1年先はおろか数カ月先の感染状況を見通せる人など誰もいなかった。だからこそほとんどの企業は通年の利益見通し発表を見送ったのだが、豊田社長はあえて5000億円の黒字予想を出してきたのである。利益予想が大きく下振れしようものなら経営陣の責任問題にもなりかねないだけに、かなりの勇気が必要だったはずだ。

■いいクルマの背景にあった全社挙げての取り組み

しかし、予想はいい意味で外れた。緊急事態宣言が終わり、経済が動き始めた第2四半期(7月、8月、9月)に、トヨタは通期予想の5000億円を上回る利益をたたき出し、通期予想も1兆3000億円に上方修正してきたのだ。

2020年は2月に発売した「ヤリス」に加え、6月に新型「ハリアー」を発売し1カ月で4万5000台という驚異的な受注を記録。続いて発売した「ヤリスクロス」も1カ月の受注台数が4万台に達した。

それぞれクルマとしての魅力が高かったのはもちろんだが、この背景には緊急事態宣言中にも丹念に需要を掘り起こした販売店の頑張りや、需要が回復した時に生産を一気に回復させるべく工場が止まっている間に施した生産ラインの改善、パーツの確保に奔走した人々など、全社的な取り組みがあった。

トヨタの利益の話をすると、決まって「どうせ下請けいじめをしているんだろう?」という声が出てくる。確かにトヨタの原価低減要求は厳しい。しかしそれは単なる値引き要求ではなく、トヨタのエンジニアが部品メーカーの工場に行き原価低減のノウハウを指導し、浮いたコストを部品メーカーと折半するというのが基本的な考え方。そこで生まれたノウハウは他メーカーとの取引にも有利に働く。

原価低減といえば、TNGAにも触れておく必要があるだろう。TNGAとはトヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャーの略。プラットフォームと呼ばれる車両の基本骨格と混同されがちだが、TNGAとは「いいクルマを安くつくる」のに資するすべての取り組みや仕組みを意味する。

例えば、2020年の年間ベストセラーカーになったヤリスは、「ヴィッツ」と呼ばれていた先代と比べ走行性能や燃費を大きく引き上げることに成功したが、コストは逆に安くなっている。もちろんTNGAの恩恵は他のトヨタ車にも及んでいる。コロナ渦においても赤字転落を食い止め、その後の販売回復とともに利益がV字回復したのは、TNGA活動による企業体質の強靱化があったからだ。

一方、ヤリスの高性能版である「GRヤリス」では、これまで職人の手組みでしかできなかった“多品種少量高精度生産”を大量生産で実現するという全く新しい生産システムを構築。

燃料電池車である新型「ミライ」の発売や、実験都市であるウーヴンシティの建設など、未来に向けたチャレンジにも積極的に取り組んでいる。

■トヨタのミッションは幸せの量産!

2月23日(フジサンの日)に鍬入れ式が行われるウーヴンシティ

第2四半期の決算発表会で、豊田社長はこう語った。「我々のミッションは幸せの量産です」。一見、フワッとした口当たりのいいキャッチフレーズに聞こえるが、この言葉の背景には強い思いが込められている。トヨタの社員だけでなく、関係会社、取引先、ユーザー、そして日本に暮らす人々を幸せにしていくのだと。

企業である以上、利益を追求するのは宿命だが、トヨタにとっての利益とは目的ではなく、幸せを量産するための原資、つまり手段であるという宣言なのだ。幸せの拡大再生産といってもいいだろう。それを実現するためにも継続的に適切な利益を出し続けなければならない。それがTNGA活動であり、次世代に向けた投資であり、また豊田社長が社内に向けていい続けている「もっといいクルマをつくろう」なのである。

2021年1月8日、豊田章男氏は日本自動車工業会の会長として「今こそ550万人の力を結集すべき」というメッセージを出した。自動車業界で働く550万人に向けてのエールであると同時に、より良い日本を作っていくために協力は惜しまないという内容だ。こちらを読んでいただければ、日本に残った唯一の基幹産業としての誇りや責任感が伝わってくると思う。

普段、滅多にトヨタを誉めない僕がここまで誉めるのにはワケがある。コロナ渦におけるトヨタの戦い方が極めて上手くいっていることはもちろんだが、環境問題にかこつけた利権主義のにおいが世界中に広がる昨今、大事なのは利益そのものではなくフィロソフィーであり、自分たちが目指すフィロソフィーを実現するための手段が利益なのだ、というメッセージに共感したからだ。

こんなことをいえる経営者はなかなかいない。もちろん、今後もしその理念に疑念が生じるようなことがあれば、遠慮なしに批判させていただくつもりだ。


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文/岡崎五朗 

岡崎五朗|青山学院大学 理工学部に在学していた時から執筆活動を開始。鋭い分析力を活かし、多くの雑誌やWebサイトなどで活躍中。テレビ神奈川の自動車情報番組『クルマでいこう!』のMCとしてもお馴染みだ。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

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