映画監督・平野勝之「暮らしのアナログ物語」【8】のんびり手書きの世界。旅の日記帳、手帳

■楽しい小さい手帳、ノート

なんとなく街に出て必要なものを買おうと、大きい文具屋とかお洒落な雑貨屋などに入ったりすると、つい余計なものを買ってしまう事がある。

僕にとってはそれが手帳やノートの類だ。

手帳やノートは色々なものがあって見ているだけでも楽しい。革のカバーのものや、シンプルなもの、色とりどりのもの、システム的なもの、サイズも小さいものから大きいものまで様々だ。

僕は普段は、昔から変わらないデザインで色がグレイで背表紙が黒い普通の大学ノートが多いんだけど、時々、小さい手帳などで魅力的なものを見つけてしまうと特に何に使おうというアテがなくても、つい欲しくなってしまう。

やはり外国のものに魅力的なものが多いようだ。

ブームが続いて最近は見かける事が多いイタリアのMOLESKINE(モレスキン)の手帳なども、その紙や表紙の質感は安っぽいんだけど、日本には決定的にないシンプルかつクラシックな雰囲気を持っていて、ついつい買ってしまう。

カバーが硬いのも良い。手に持ったまま速記できる良さがあるからだ。

今回の写真には無く、かなりの高額なのでなかなか購入には至れないけど、イギリスのSMYTHSON(スマイソン)も大好きで、その何ともいえないブルーの薄紙の質感と金の縁どり、革の黒いカバーの雰囲気がたまらなく好きで、きっと細い万年筆でいろいろな事を書き残したら、何年もたった時ずいぶん良い味が出るんだろうな、と思わせる。

また、手触りも大切な要素だと思っている。

「手」という人間の感覚はなかなか侮れない。

手が喜ぶと、だいたい良いものが多い。紙の質感もやたら潔癖なものではなく、薄くても少しざらつくぐらいが良いのでは? と手帳やノートに関しては、そんな風に思う場合が多い。

そんな好みもあるけれど、僕の場合、何年もたった時の姿を想像して、その姿に魅力を感じるとレジに走ってしまう傾向があるようだ。

そんな感じで購入したものの、実際にはまだ使われず大切に仕舞いこまれた小さい手帳やらノートやらが、うちにはたくさん眠っている。

しかし、それらが最も活躍するのは、僕の場合、自転車旅なのだった。

■自転車旅日記

僕は普段、日記は書いていない。

昔、書いた事もあるけど、続かなかった。

しかし、今年で21年目を迎える自転車旅の時だけは、必ず日記を付けている。


1996年に行った最初の旅の時に記録として書いていたためか、以来、書くのが習慣になってしまったのだ。

手帳の種類はその時々や、旅の規模により様々で、最初は普通の大学ノートだったけど、やはり小さいものが良く、近年はMOLESKINEが多い。

この手帳選びも旅の楽しさがある。

まっさらで、まだ何も書かれていない手帳に最初の一文を書くときの、ちょっとした緊張感がとても心地よい。

それらの文章が少しづつ増えていくのも、旅の間、前の文章をつらつら見ながらニヤニヤ楽しんでいたりする。

自転車旅でキャンプツーリングのため、ほとんどがテントの中で書いている。時には疲れ果てて、その日には書かず数日後に二日分や三日分をまとめて書く場合もある。なるべくイラストを描くようにしているが、描かない場合もあり、その日の気分次第だ。

僕の場合、旅のたびに、その旅のタイトルを付けるのがひとつの楽しみでもある。

だいたい旅が終わった時に、どんな旅だったのか? という場合が多いので、後からタイトルを考えて表紙に貼り付けるのだ。

こうして改めて久しぶりに見ていくと、きったねー字ではあるけれど、テントで感じた空気感や寒さ、走っている時の匂いや湿度まで鮮明に蘇ってくる。

自転車旅は肉体を酷使するので、なかなかゆとりはないけれど、いつか少し大きめのお気に入りのノートを持って、小さな画材を荷物に入れて、今までよりはもう少しましな絵を描きながら、小型の絵本みたいな日記も作ってみたいなーと、夢想している。

 

■のんびりな手書きの世界

最近はすっかりメールやネットなど、文章も直接紙に書く機会はかなり減っているけれど、手帳やノートなど原始的とも言えるグッズは廃れる事が無いだろう。

いや、廃れてほしくはない。

今回は旅の日記を紹介したが、手紙やメモなど、打ち込みと違い、その人の人柄が日常的に現れる手書きの良さを忘れたくはないと思う。

できることなら、こうした原稿も手書きの原稿用紙で書きたいと思うほどだ。

また、例え仕事でも、そういった手書きが許されるような、せかせかしない、のんびりとしたのどかで豊かな世の中になってほしいと、切に願うのである。

 


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(文・写真/平野勝之)

ひらのかつゆき/映画監督、作家

1964年生まれ。16歳『ある事件簿』でマンガ家デビュー。18歳から自主映画制作を始める。20歳の時に長編8ミリ映画『狂った触覚』で1985年度ぴあフィルムフェスティバル」初入選以降、3年連続入選。AV監督としても話題作を手掛ける。代表的な映画監督作品として『監督失格』(2011)『青春100キロ』(2016)など。

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