日本製・鉄スクーター(鉄スク)の黄金期を飾った2大モデル、ラビットとシルバーピジョンが活躍した時代

今日主流のスクーターと差別化するために、かつて主流だった「ボディが鉄でできたスクーター」に対し、「鉄スクーター(鉄スク)」と呼ばれるようになって久しいです。
最も有名な鉄スクはイタリア・ピアジオ社のベスパ(1995年以前のモデル)、イノチェンティ社のランブレッタ(1970年代までのモデル)ですが、実は日本のホンダ、カワサキ、ヤマハでも鉄スクモデルが複数ありました。

▲ホンダ・ジュノオK(1954年)

▲カワサキ・川崎号(1954年)

▲ヤマハ・SC1(1960年)

ただし、この3社の鉄スクはいずれも後発にあたるもの。日本製・鉄スクーターの黄金期を飾ったのは富士重工・ラビットと、三菱・シルバーピジョンの2大巨頭モデルでした。

▲富士重工・ラビットシリーズ(1946〜1968年)(当時のカタログより)

▲三菱・シルバーピジョンシリーズ(1946〜1965年)

■「うさぎ」「銀鳩」の呼称で親しまれた2大の鉄スク

日本の2大軍用機メーカーだった富士産業(後の富士重工業。現:SUBARU)および中日本重工業(現:三菱)は、戦争が終わった後、双方とも「軍需に変わる工業製品製造」「平和産業」に転じる必要がありました。こういった流れは世界中の軍需産業だったメーカーとも同様で、イタリア・ピアジオも似たような経緯からベスパを1946年に生み出しました。

そんな中で誕生したのが富士重工業によるスクーター・ラビット、中日本重工業によるスクーター・シルバーピジョンでした。

いずれもイタリアのベスパと同じ1946年に誕生しましたが、両社とも戦前にアメリカから持ち替えられたスクーターを参考にGHQの許可の中で台数制限付きで製造を開始。ラビットは同年6月、シルバーピジョンは同年12月に製造販売をスタート。ラビットは「うさぎ」、シルバーピジョンは「銀鳩」の呼称で親しまれ、1960年代までの戦後復興期を支えた大切な2モデルでした。

▲初代ラビット(1946年)

▲初代シルバーピジョン(1946年)

【次ページ】鉄スクの意外な歴史

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