トランギア「メスティン」は日本のキャンパーによってクッカーになった

■クッカーとして使うのは日本だけ!?

ここまでクッカーとして紹介してきましたが、実はこの「メスティン」、かなり古くからある“食器”なのだそう。鈴木さんによると「本国スウェーデンやヨーロッパでは、調理したものをよそうお皿として使うか、お菓子やサンドイッチなどを入れるフードコンテナとして主に使用されてきたアイテム」だというのです。

シェラカップのような食事の際の容器として使う、あるいはお弁当箱として使うのがそもそもの使い方だったとか。

▲スリムで角型なのでバッグにしまいやすいデザインで、確かにランチボックスとしても優秀だった。パンは焦がした…

ではクッカーとして使うのはNGなのかというとそんなことはなく、「海外ではクッカーとして使用されていませんでしたが、日本の影響で使用する人が増えてきています。日本ではクッカーとして販売していますし、安心してお使いいただけます」(鈴木さん)とのことです。

さらに言えば、“角型” “蓋付き” “ハンドル付き”の、この形状や構造のアイテムを“メスティン”と呼ぶのかと思っていたら、それも違うといいます。

▲ラージメスティン(左)とメスティン(右)。どちらも絶妙なサイズ感で使いやすい

鈴木さんによれば「諸説ありますが、 “メスティン” は元々 “食器全般” を指す言葉で、あくまで一般的な名詞です」とのことで、日本では “メスティン” といえば箱型の飯ごうをイメージしますが、これもあくまで“メスティン”の一部。

少しややこしいですが、実際は用途に合わせたさまざまな“メスティン” があるわけで、日本ではトランギアの「メスティン」が有名になりすぎて、 “箱型に取手付きのクッカー” = “メスティン ”となったように思います。

確かにミリタリー系のショップを覗くと、給食のワンプレートみたいなお皿が “メスティン” という名前で売られているのを見たことがあります。

▲「メスティン」の蓋はお皿代わりにも。縁が立ち上がっているので汁気があっても大丈夫

また、トランギアの「メスティン」以外にも、 “メスティン” という商品名のクッカーが多く出ていますが、これは“メスティン”が商品名ではなく、一般的な名詞だから。なぜトランギアの商品と同じ名称で同様のアイテムを各社が出せるのかと思ったのですが、そういう理由だったわけです。なるほどなぁ。

「ちなみにトランギアの『メスティン』の原型は元々だるま型というか、丸みを帯びていて、ちょうど真ん中がくびれている仕様だったそうです。その後、長方形に成型する技術が確立され、現在の形状になったと聞いています。弊社が取り扱いを始めた30〜40年ほど前には既にこの箱型形状でした」(鈴木さん)

▲トランギア本社に保管されているメスティンの前身となる製品

だるま型だった理由は、鈴木さんによると「長方形型に成型するのは難しく、生産方法が確立されていなかったと聞いています」といいます。歴史あるギアだと、成型技術の変遷も含めて興味深い。

 

■日本発祥の“クッカー「メスティン」”だからこそのブラッシュアップ

ところで、「メスティン」を使用する前に行ったほうが良いされる処理があることをご存知でしょうか。例えば“バリ取り”。「メスティン」の蓋回りの処理が甘くバリが残っていて、蓋の閉まりが悪いし、怪我をしやすい。だから、ヤスリを使ってバリを処理すると安全で使い勝手が良くなりますよー、というもの。主に個人ブログを中心に広まった方法です。

▲蓋がしっかりしまるのもトランギア「メスティン」の強み

普通に使えていたので私はやったことはありませんが、確かに該当箇所を触ってみると少しザラザラしていたのを覚えています。大体8年ほど前の話ですが。

せっかくなので、このあたりについても聞いてみました。

「以前はお客様からそういった話をお聞きすることもあり、その旨をトランギアに伝えていました。その甲斐あってか、今はバリ取り専用の機械が導入されており、数年前から販売されている『メスティン』はバリがほぼありません」(鈴木さん)

▲日本のユーザーの声も反映して、地道なアップデートが繰り返されている

ピーク時には、世に流通するトランギア「メスティン」の9割程度が、日本市場に入ってきていたそうで、日本のキャンパーの声はトランギアにとっても非常に重要。トランギアは2017年に新社長に代替わりしたそうですが、特に「メスティン」についてはイワタニ・プリムスとの連携の中で品質向上が行われているそう。本国スウェーデンやヨーロッパではクッカーとして使われていないからこそ、日本のキャンプシーンのフィードバックは重要というわけです。

他にも「ハンドル部分のチューブも実は数年前から専用に設計された樹脂製パーツに変更されているんです。これまでと違って取り外しができるので、火にかけたときに溶かす心配のない仕様に変更されています」とのこと。

▲確かにハンドル部分が変わっている! みなさんも手持ちの「メスティン」と見比べてみて

これも、日本のキャンパーがクッカーとして使用する際に「ハンドル部分を熱で溶かしてしまうのをなんとかしてほしい」という声を反映して、2020年前後から実装されているといいます。

それだけトランギアが日本のキャンプ市場を重要視してくれているのは、どこか嬉しく感じます。

ちなみに、ハンドル自体も実は少し長くなっていて、これも日本のキャンパーがクッカーとしてより使いやすいようにとの意図で変更したものだそうです。

▲ハンドル部分がチューブだった頃の「メスティン」

世界的にもキャンプブームが起こっている状況下で、日本の「メスティン」の使い方は海外でも認知されてきているようです。

「一部の海外のキャンパーの中で『メスティン』でアジア料理を作るのが流行りつつあると先日トランギアの社長からお聞きししましたし、私がトランギアのオフィスを訪問した際には、一緒にメスティンでの調理を逆に体験してもらいました(笑)」(鈴木さん)

日本発の“メスティン”文化が世界のキャンパーのスタンダードになる日もそう遠くないのかも。

 

■オリジナルだからこその強み。安定した品質管理とレガシー感

今や “メスティン” といえばアウトドアブランドだけなく100円ショップでも販売されているくらい知名度が高く、人気のギア。そんな大メスティン時代とも言える今のキャンプシーンにおいて、トランギア「メスティン」のオリジナルこその強みとは、どんなところでしょうか。

鈴木さんは「まずは安定した品質管理」と言います。

「一般的には本社と生産拠点が異なることが多いですが、生産状況の管理にも、フィードバックの反映にも時間がかかってしまう。ですが、トランギアは本社から歩いて行ける距離に工場があるので、レスポンス早く商品のブラッシュアップが可能なんです」(鈴木さん)

これは創業者の意向で、製品の品質が必ず確認できるように、目の届く範囲で生産を続けているのだそうです。

▲ハンドル取付部のリベットにも試行錯誤があったそう

他にも「完全オートメーションではなく、必ず職人の手が入ること」も強みのひとつ。工場と聞くと、大きな建物に、大きな機械があって、自動で昼夜問わず生産をしているイメージを抱きますが、トランギアは “町工場” のような形なのだとか。

「90人ほど社員がいますが、本社には10名程度で、それ以外は工場で働く職人たちです。若い人から50年ほど勤め続けている人まで、たくさんの職人によってトランギア製品は作られています。少しずつ機械を入れてオートメーション化を図っていても、大部分には職人の手が入っています。だからこそ、品質も安定していますし、こちらからのフィードバックの反映も早いんです」(鈴木さん)

▲同じアルミ素材だが、実は本体と蓋で違うアルミ素材を使用している

創業者の想いを引き継ぎながら、人の手をいれることはやめない。だからこそ、安定した品質の商品を販売し続けられるというわけですね。このレガシー感もまた、大量生産の製品と違ったトランギア「メスティン」だからこその良さではないでしょうか。

*  *  *

クッカーとしてはもちろん、なにかと取り回しの良いサイズ感やデザインで人気のトランギア「メスティン」が、実はクッカーとして使われていなかったという衝撃の事実。

ブランドと正規代理店の二人三脚で、クッカーとしての使用感を向上するアップデートを細かく積み重ねてきたからこそ、今でも “メスティン” の元祖として人気を博しているのかもしれません。

>> トランギア

>> [連載]The ORIGIN of the CAMP GEAR

<取材・文/山口健壱

山口健壱(ヤマケン)|1989年生まれ茨城県出身。脱サラし、日本全国をキャンプでめぐる旅ののち、千葉県のキャンプ場でスタッフを経験。メーカーの商品イラストや番組MCなどもつとめる。著書に「キャンプのあやしいルール真相解明〜根拠のない思い込みにサヨウナラ」(三才ブックス)

 

 

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