吉田由美の眼☆ハイブリッド王国の次なる野望!?トヨタはなぜ“エコ磁石”を開発するの?

■実は身近な存在だったネオジム磁石

加藤さん:トヨタ自動車は車両電動化のマイルストーンとして、2030年にHVやPHVなどを年間550万台以上生産することを目標としています。それを受け「磁石の供給はこの先、大丈夫なのか?」と思い、見直してみたところ、「ネオジムを安定して入手し続けられるのだろうか?」という疑問にぶつかりました。調査会社からの回答は「それは誰にも約束できない」という予測。そこで“転ばぬ先の杖”として備えを固めておいた方がいい、との判断から、開発をスタートさせたのです。

――そもそもネオジム磁石というのは、どんなところに使われているのでしょうか?

加藤さん:HV、PHV、FCVを始めとする電動車の駆動用モーターとして主に使われています。といっても、現行モデルである4世代目プリウスのモーターを例にとると、1台当たりの使用量は、モーター質量18.5kgのうちの数%ほど。ですが、ネオジム磁石は電動パワーステアリングにも使われていますし、クルマ以外でも、風力発電機やPC向けのHDD、掃除機などに使われる、コンパクトで高性能なモーターにも採用されています。つまり、意外と身近な存在なのです。

――それは知りませんでした! ところで、現在トヨタが開発中という省ネオジム耐熱磁石の研究は、何をきっかけに始まったのでしょうか?

加藤さん:ネオジム磁石は1982年、現在、大同特殊鋼の顧問をされている佐川眞人先生と、ゼネラルモーターズの基礎研究部門にいらしたジョン.J.クロート先生が、ほぼ同時期に開発されたものです。ネオジム磁石の美点は、一度くっついたら離れないくらいの強力な吸引力で、保磁力と磁力は抜群。以降、高温にも耐えられるような工夫などが施されてクルマにも使えるようになり、トヨタでも初代プリウスから使い続けています。

でもネオジムは、地金相場において1㎏約100ドルという高価な素材。鉄だと1㎏数十円程度、アルミでも1㎏当たり300円ほどなので、それらと比べるとはるかに高価です。ネオジム磁石に含まれるネオジムの割合は、ネオジム磁石の重量全体の30%ほどなので、例えば、1㎏のネオジム磁石には、300gのネオジムが含まれていることになります。

そこで私たちは、佐川先生の開発されたネオジム磁石を、より一層バランスの取れた資源利用が可能で、もっと安価でコストパフォーマンスに優れるものにしたいと考えました。それが、ネオジム磁石に含まれるネオジム使用量を減らしつつ、高温にも耐えられ、高性能化も目指した省ネオジム耐熱磁石なのです。

――研究はいつ頃から始められたのでしょうか? また、省ネオジム耐熱磁石の具体的な中身についても教えてください。

加藤さん:2008~2009年頃に「高性能な磁石を作るために、自分たちにもできることがあるのではないか?」と思ったのが始まりです。昨2017年末、トヨタは販売車種の電動化に向けたチャレンジを発表していますが、省ネオジム耐熱磁石の開発は、そのチャレンジのひとつといえます。

現在、使われているネオジム磁石の成分割合は、7割が鉄、3割がネオジムです。ネオジムに性質が似た素材もあるのですが、それで作った磁石は性能が低下してしまうため、単純に代替えするのはなかなか難しいというのが実情です。ですので、省ネオジム耐熱磁石の研究開発に当たっては“世界の皆さんが使う”という資源バランスを考え、皆さんのお役に立てて、なおかつ、地球環境のことも考えて取り組むことが肝心だと感じました。

また、一般的なネオジムは、鉱山で発掘する際、ランタンやセリウムといった他のレアアースとセットで採れます。当然、この先、ネオジム磁石の需要がますます高まっていくので、ネオジムといっしょに採れるランタンやセリウムなどの有効活用も考える必要がありました。

そこで、新開発の磁石は、高価で希少なレアメタルであるテルビウムやディスプロシウムを使わず、ネオジムの一部を、レアアースの中でも安価で豊富に採れるランタンとセリウムに置き換えることで、ネオジム使用量を削減したのです。

とはいえ、先ほどお話しましたように、単にネオジムの使用量を減らし、ランタンとセリウムに置き換えただけでは性能低下につながります。そこで、ランタンとセリウムに置き換えても磁力や耐熱性が悪化しない、新技術を検討しています。具体的には、磁石を構成する粒を、従来のネオジム磁石の1/10以下のサイズにまで小さくし、粒と粒との仕切りの面積を大きくして、高温に耐えられるようにしました。

さらに、粒表面のネオジム濃度を高めながら、内部は薄くするという二層構造に。その上で、ランタンとセリウムの特定比を3:1の割合で配合しています。

こうした構造は、マグロに例えると分かりやすいと思います。ランタンやセリウムは赤身に当たり、そのまま食べたのではあまり美味しくない、つまり、磁石としての性能が低いんです。赤身(=ランタンやセリウム)の周りに、ネオジムに相当する中トロを巻きつけることで、赤身(=ランタンやセリウム)を中トロ(=ネオジム)のように美味しく食べられる、つまり、磁石として高性能を発揮させることを目指しています。

この結果、ネオジムを20〜50%削減しても、従来のネオジム磁石と同等レベルの耐熱性能を確保できるようになりました。

【次ページ】新しい磁石に息づくトヨタのDNA

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