メガネ「JINS MEME」は人類を進化させるギアなのか?

 

portrait

「JINS MEME」グループのリーダーを務める井上一鷹氏

 

JINS MEMEが誕生するまでの経緯を教えてもらえますか?

井上一鷹(井上):約5年半前に、脳トレで有名な東北大の川島隆太教授に、視線移動やまばたきを計測できるメガネのアイデアをいただきました。ブレストを重ねる中で、「とにかく一回、作ってみなよ」と言われて、試作品を作ってみることにしました。

その時に協力していただいたのが、現在は芝浦工業大学にいる加納先生です。メガネに電極を貼って、配線を5本くらい背負わせて、50cm×100cmくらいのオシロスコープに繋いでみました。

僕がそのメガネを掛けて、加納先生に「井上さん、まばたきしてみて」と言われながら。まばたきをしたら信号が出ることが分かりました。

そのうちに、「もしかしたらイケるかもね」となり電子機器を開発できる企業に依頼して、実際に開発がスタートしました。それが3年半前くらいですね。
センサーとオシロスコープを繋げて「一回、作ってみようか」という状況が何年も続いたということですか?

井上:「やっぱできないなぁ」みたいな話をしながら1年半くらいは、ずっとやってましたね。

実際に、商品化に向けて開発をスタートしたのは?

井上:「もしかしたらイケるかもね」となり始めた約3年半前ですら、量産できるかなんて、まるで目処は付いていませんでした。その段階でも、まだR&D(調査開発)の段階でした。

一版のお客様に販売することをイメージできるようになったのが、それから1年くらい経ってからです。Audiのデザインをされていた和田智さんにお声がけして、洗練されたデザインにしていこう、ということになりました。それがちょうど2年ほど前です(註:2013年秋冬)」

 

ブリッジの中央部と鼻パッドの3カ所に、3点式眼電位センサーを搭載。眼球の動きや瞬きを検知する。また右側のテンプルのエンド部には、6軸(加速度・ジャイロ)センサーを内蔵。体の動きを検知し、活動量や姿勢、体のブレなどが分かる

 

 

開発スタート時点から、デザインにはこだわりを持っていたということですね?

井上:僕らは「ウエアラブル」というキーワードを意識して開発を始めたわけではないのですが、世の中が大きく動き始めていました。そのため、我々のポジショニングを再度考える必要があったのです。

我々はメガネ屋なので、ウエアラブルという世界に参入するのではなく、元々ウエアラブルだったものしか扱っていないんだと。「メガネを扱い、作ってきた企業が、デザインしたらどうなるの?」となったら、当たり前に日常でも使えるメガネを作らないと、今までのお客さんに失礼だろうという考えもありまして……。

そうした意味もあり、意匠デザインと機能デザインとのすり合わせは、もの凄く苦労しました。

削りとった部分も多かったのですか?

井上:最初から割り切っていて、我々は電子機器を作る企業とは違って、工場も持っていません。部品や、プラットフォームもない。だから何かにこだわって、どうしても入れなければいけない機能はないのです。

センシングアイウエアという新しい基軸に、いろいろと盛り込みすぎても、結局は伝わらないものだと思っていて……。我々が作る上で一番大事なことは、眼の動きから心理状態や生理状態を計り、自身の状態を可視化するということ。この基本に特化すべきだと考えました。

機能を盛り込みすぎると、メガネのサイズも大きくなり、デザインも悪くなる。「なんとなくバッファーを積んで、機能を積んで」みたいなものが出来て、実際に使ってみたら「7割くらいの機能はいらないなぁ、ダサくなったなぁ」となる。そうなってはいけない見切りは、もう2年前に出来ていましたね。

 

コレを入れたい、アレも入れたいということもなく?
井上:そうですね。やはりひとつのコンセプトに、シンプルに尖らないといけないというのは、感覚的にあったのだと思います。

元々この“ウエアラブル”って、みなさんそうだと思うのですが、結局は消費電力に行き着くのですよ。重いとダメ、大きいとダメ……消費電力が大きくなりますから。そうすると小さくするための、一番のボトルネックは電池、バッテリーです。

電池を小さくするためには、消費電力を下げなくてはいけない。消費電力を下げようと思った時に、弊社にはたまたま“3点式眼電位センサー”という優位性がありました。

3点式眼電位センサーは、生体に発生している電位を受け取って演算するだけで、アクティブに取りに行っていないのですよ。だから電池をそもそも喰いにくい。そうした技術と知り合えていたことはラッキーだったと思います。

例えばカメラで眼球の動きを得るなると、同じサイズのメガネにしようとしたら、当然、バッテリーが2時間と持ちませんから。

 

JINS MEMEの大きな特長である、3点式眼電位センサーについて、仕組みを分かりやすく教えてもらえますか?

井上:メガネのブリッジとノーズパッド部分に3点式眼電位センサーが付いています。これらのセンサーが、常に顔に触れている状態になっています。この肌に触れている場所の、電位を計っています。

電位を計るだけで、なんで視線の動きが分かるかというと、眼の角膜、眼球が+に帯電していることを利用しています。乾電池の+極が、眼の外側を向いているようなものなのです。この+極=眼球が動くと、センサー部の電位が変わります。その電位をセンサー3つで計測し、その差をみることで、上を見た、下を見た、左を……という眼球の位置が分かるのです。

 

3つの眼電位センサーが、眼球の動きを検出

 

3点式眼電位センサーでは、視線移動と同時に、まばたきの動きが分かります。まばたきをすると同時に、眼球が上に上がるのです。まぶたが閉じると同時に、眼球が上がっています。その時の動きは、視線を上下に動かすのとは違う、独特の動きをしています。この動きを捉えることで、まばたきをしていることが分かるのです。

そして眼球の動きが速ければ、まばたきも速い。ゆっくりであれば、まばたきがゆっくりだということが分かります。このまばたきの動きを元に、ユーザーがどれくらい眠いかを推定したり、集中しているかを判定しています。

 

さらに6軸のジャイロセンサーが内蔵されていますね。この加速度と角速度センサーによって、体の軸のブレが分かると

井上:はい。運動の基本は歩行と走行ですよね。で、歩行や走行の時は、カカトを支点として動いています。その支点であるカカトから一番遠いのが頭部です。つまり、頭部が一番、体軸のブレが出やすい。体軸のブレを計測するのにふさわしい場所なのです。

例えば右足を前に出した時には体軸が右にブレて、左足を踏み出したら左にブレるというように、どちらの足を踏み出した時のデータなのか分かる。さらに、その時にどれくらいブレているか、一歩前に踏み出した時よりもブレが大きいのか少ないのか? ということが捉えられます。これをデータ化できるのは、大きなメリットです。

また、現代人は、“うちわ歩行”という、足が外側から着地する歩き方の人が多いと言われています。本来はカカトの左右真ん中からキレイにまっすぐと着地していくのが、一番ケガをしにくい。

“うちわ歩行”は、足の腱などを痛めやすいのです。だけど、“うちわ歩行”をしていると自分では気付かない。そうしたデータを、JINS MEMEは把握できます。自分で気付くことができる、ということです。

 

そうしたデータ、体の軸が分かることが、どんなことに役立つのでしょうか?

井上:雑誌を読むと、体幹トレーニングのことを多く語っている。それは医学的な見地もそうだし、スポーツを突き詰めようとしている人たちは、誰もが体幹が重要だと言っています。僕らが共同で研究している慶應義塾大学の橋本先生も、サッカーの長友選手の体幹トレーナーだった木場さんに話を聞いても、やっぱり体幹を鍛えることは正しいと言っている。

それはあらゆるアスリートにとって正しいことなので、体幹を鍛えようとなる。体幹を鍛えた人と、鍛えられていない人の差は、さきほど申し上げた体幹の作用点(頭部)のブレに出てくるのです。

体の軸がしっかりしている人は、キレイに走れているし、効率的に走れている。同じエネルギーでも、より遠くまで速く走れるのです。そして、ペースを守って、長い距離を走ることは、一番健康的だし、それがランナーにとっての欲求ですよね。

それを可能にするには、体幹のストレッチと筋トレ、筋肉の中でもコアな筋肉のトレーニングが必要になる。その時に自分の体幹の状態を知って、どこが足りないのかを自覚することが近道になります。JINS MEMEは、その“自分の状態を知ることができるデバイス”なんです。

専用アプリ「JINS MEME RUN」では、リアルタイムに体の状況がビジュアル化される。赤い斜線部の領域が広がると、それだけ体の軸がブレていることになる

 

走り終わった後に表示される「JINS MEME RUN」の画面。自分の弱点が指摘されるとともに、今後のトレーニングの指針が示される

 

例えば、それほど走るわけではない僕が、10km走ると、8kmくらいで下を向き始める。走るために必要な、足を上げる筋肉=腸腰筋という太ももの裏側の筋肉が弱いからです。

腸腰筋のスタミナがないので、8kmを超えた時点で足を上げられなくなる。そうなると、“足を拾いにいく”のです。首を下げて、足を上げるというか……引っ張り上げないといけない。

そうした自分の状態がこのデバイスだと分かる。僕のデータをスポーツの先生に見せると、「ここの腸腰筋をこういうふうに鍛えなさい」とか「ストレッチをしなさい」と言われる。

そうすれば8kmから10kmに伸ばせて、20kmまでそのままのペースで走れるようになると。当然ダイエットにも繋がるし、かっこよく走るということにも繋がる。JINS MEMEが腰や腕ではなく、頭部にセンサーを付けているからハッキリと分かるのです。

さらに、ランナー向けに用意したアプリ、「JINS MEME RUN」が今までのランニングアプリと大きく違うのは、トレーニング用のアプリだということです。ほとんどのランナー向けアプリは、結果としてどれくらいのペースでどれだけ走れたか、ということを記録していくだけです。一方JINS MEMEのアプリは、質的に自分の走りが分かり、改善に繋がります。

つまり、自分の体の動きが可視化されるので、問題を客観視できる。だから何を鍛えるべきかが分かる。単純にJINS MEMEと専用のアプリを使うだけで、体幹トレーナーに見てもらっているかのようになる。それが他のデバイスやアプリとの違いです。

 

もともとアスリート向けに、JINS MEMEは開発されたのでしょうか?

井上:それだけを目的に開発したのではありません。今後は、医療の分野でも活用できるようにしたいと考えています。日常の習慣が元になっている病気なら、常に身に着けているJINS MEMEによって心理状態、生理状態が分かれば、事前に予見できる可能性も広がります。

患者さんの眼の動きを見て、認知症の可能性を暗黙知的に捉える医師の方もいらっしゃるそうです。暗黙知だから、人類は認知症への対策が打てないでいます。その暗黙知をきちんとデータ化して、「今あなたは、10段階の3ですよ」と伝えられるようになったら、対策が打てるはずです。

同じことがスポーツでも出来るようになるべきだと思います。ウサイン・ボルトのように速く走れるアスリートが、偶発的に現れるのではなく、「アナタはウサイン・ボルトを10とした時に、今は3段階目ですよ」と言えるように。

だから次に何をしなければいけないか、ハッキリ分かる。それが恐らく、人類が進化していくということだと思います。それに近いことをこれまで続けてきたから、人は100m10秒を切るスピードで走れるようになったし、徐々に記録が伸びている。

こうしたことを支えるためには、自分の状態をきちんと知ることが必要。知った上で分析し、次の段階に行くためにはどうすべきか、ということを個人ができるようにする。

そうなると、アスリートの底上げになると思います。JINS MEMEは、そこまで出来る“可能性がある”デバイスで、なんとか、他の方々と一緒に作っていければなと思っています。

 

“アタマ年齢”や“カラダ年齢”を表示する「JINS MEME App」は、そうしたことを視野に入れたアプリですか? 具体的に、日頃の生活に、どのように活かすか分かりにくかったのですが……

「JINS MEME App」で“アタマ年齢”を表示。同時に、どれだけ集中しているか、活力があるか、落ち着いている状態かがインジケーターで表示される

「JINS MEME App」で“カラダ年齢”を表示。同時に現在の活動量や姿勢、体の安定性がインジケーターで表され、現状を把握できる

 

井上:その人次第で可能性は大きく広がると考えています。

(アプリに表示されている取材中の“アタマ年齢”を示しながら)例えば僕は今こういう状態です。一生懸命話したので、活力は高いけど、落ち着いている状態、というのが僕の心理状態や生理状態です。

この数値をHistoryで見返した時に、先週に比べてどうか? この一週間を振り返って、今週はどうだったかと見続けることで、自分の状態を可視化・分析することができます。

認知症やメタボなど、生活習慣に依る病気には、いつかなってしまうものですよね。将来のために“今”頑張れ! と言われても絶対にがんばれない。でも、昨日よりも今日、先週よりも今週をもっとよく生きたい。日々、より生活を良くしたいと思うことなら、できるんじゃないかと。

僕らはそれを「Better Me」と呼んでいるのですが、より良く生きる自分の方へと向かうことで、結果として将来認知症などの疾患にならない可能性が高いのではないでしょうか。健康でいよう、それが“アタマ年齢”や“カラダ年齢”の基本的なコンセプトです。それを考えやすいように指標を作ったのが「JINS MEME App」です。

 

先ほど言われていた“暗黙知”は、医者やプロアスリートなど、いろんなジャンルのプロフェッショナルが、持っているものだと思います。そうしたデータを掛け合わせていくと、人類が進化していく……ということで、JINS MEMEのプロジェクトは、色んなプロフェッショナルや企業とコラボしているということですよね?

井上:自分を見るためのアイウエアと言っていますが、見られるだけでは結局「So What?(だから何?)」で終わります。ですからしっかりと分析した後に、ちゃんとソリューションを提示できるようにしたい。

そうしたソリューションまで出来る人たちって、お医者さんであれば、目の前の患者さんが健康な状態を保てるようにする方々と、健康だけどパフォーマンスを上げたいっていうフィットネス領域の方がいる。

もっともっと走れるようにするとか、より良い状態にする人と、悪くなってきたものを治す人という。ソリューションにはこの2つがあると思います。だから、そういったソリューションを作れる人たちと組まないと、「自分の現状は分かったけれど、どうすればいいか分かりません」で終わってしまうのですよね。それに対して、僕らは“見える化”だけではなくて、色んな方々と組んで、“解決方法(ソリューション)”までを提案したいなと考えています。

 

(文/河原塚英信)

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