■“考えすぎ”の状態を一時停止して感性を開く。お酒と本は“前向きな現実逃避”へ誘う重要なツール
▲似田貝大介/『ダ・ヴィンチ』編集長。土木作業員などのアルバイトを経験した後、『ダ・ヴィンチ』編集部のアルバイトとして出版界でのキャリアをスタート。メディアファクトリーにて社員となり、KADOKAWAとの合併を経て文芸部門へ異動。お化けの専門誌『怪と幽』の編集長を約5年務め、現在の『ダ・ヴィンチ』編集長に就任。これまでに水木しげる、西村賢太、京極夏彦など数多くの著名作家の担当を歴任。
本を紹介する雑誌『ダ・ヴィンチ』編集長の似田貝さんは、出版の最前線で数々の名作家たちと向き合い、独自の視点でカルチャーを牽引してきた編集者のひとり。日々膨大な活字と格闘する彼にとって、お酒は仕事モードから私生活へと切り替える大切なスイッチだそう。お酒と読書がもたらす“前向きな現実逃避”の魅力とは? そして編集者として欠かせない“面白がる力”について、とある作家に縁のある大衆酒場でグラスを傾けながらディープに語ってもらいました。
――日々膨大な活字と向き合うお仕事かと思いますが、普段お酒を飲みながら本を読まれるのでしょうか?
似田貝さん(以下、似田貝):職業柄、本を読む機会が多いので、飲みながら読書することもありますね。ただ、洒落たバーで飲むとかではなく、安いビールやコンビニで買えるような手頃なワイン、あとは焼酎なんかがほとんど。ゲラ(校正刷り)のチェックや資料の読み込み、インタビューの下準備、あるいはレビューを書くための本など真面目に読み込まないといけないものが大半ですが、お酒を飲み進めてくると当然酔っ払ってきますよね。そうなってくると仕事の読書は一旦切り上げ。気楽に読める趣味の本へとシフトします。

――仕事モードの読書から趣味の読書へと切り替えるスイッチがお酒だと。気楽に読める趣味の本と言うと、例えばどういったものでしょうか?
似田貝:今日持ってきている、西村賢太さんの日記集『一私小説書きの日乗 野性の章 遥道の章 不屈の章』(KADOKAWA刊)とかはまさにそう。西村さんの日記には、ご自身でササッと作った素っ気ない食べ物のことや本当に短い1日の出来事などが淡々と書かれています。小説のようにしっかりとした起承転結のあるストーリー展開や明確なオチなどはありません。だからこそ、どのページから読んでも良いんです。何も考えずにパッと開けば、ふらっとその世界に入られる。お酒を飲みながら読むにはぴったりの1冊なんですよね。さらに言えば、まさに今日私たちが来ているような、この大衆居酒屋で読むのが最高のシチュエーションだと思います。

――実際、ここ(「信濃路」)は西村賢太さん縁のお店だそうですね。作家が通っていたお店でその人の本を読むというのは、また違った味わいがありそうです。
似田貝:そうなんです。このお店は西村さんがデビュー前、それこそ日雇い作業員のアルバイトをしていた10代の頃から通い詰めていた場所なんです。当時の西村さんは血気盛んで、いろんなお店から出禁扱いされていたそうなんですが、なぜかここは一度も出禁にならずにずっと通い続けられたところで。このお店の良いところは客に対して過剰に干渉しない、絶妙な距離感です。お店の人から「西村先生、いつもありがとうございます」なんて声をかけられることもなく、良い意味で放っておいてくれる。そんな店だから我々がひとりで来て本を読む場としても、とても居心地が良いんです。
――昭和の空気がそのまま残っているような、雑多で温かい雰囲気がありますね。
似田貝:ええ。本を読む行為って、基本的には文字を追って頭の中で想像を膨らませるものですが、たまにはこういう所縁のお店に来て作中に出てきた食べ物に触れてみるのも面白いですよね。西村さんがエリートサラリーマン的な編集者を嫌っていた中で、アルバイト上がりの私を多少なりとも受け入れてくれたのは、こういう雑多な空気を共有できたからかもしれません。
ここで西村さんがよく飲んでいたホッピーやリンゴのチューハイなんかを頼みつつ、日記に出てくるハムカツやアジフライをつまむ。そうやって形から入ることで、「ああ、頭の中で想像していたのはこういう味で、こういう空気感だったんだな」と答え合わせができる。文字だけの世界から一歩踏み出して、より作品の世界観とリアルにコネクトできる気がしませんか。ファンの人にとっては聖地巡礼のようなものかもしれませんが、お店の喧騒をBGMにしながら読むのは本当に心にも体にも染みる読書体験になると思います。
▲かつて、この「信濃路」で一杯交わした日のことが『一私小説書きの日乗 野性の章 遥道の章 不屈の章』にも記されている
――お店の空気ごと作品を味わう…素晴らしい読書体験ですね。ほかにお酒に合わせたい本や普段よく読まれるジャンルはありますか?
似田貝:『ダ・ヴィンチ』の前は怪談や妖怪を扱う雑誌の編集長をしていたこともあって、もともとお化けサイドの人間でした。妖怪の研究本から漫画などエンタメ全般、ざっくり言うとホラーが好きですね。ホラーと言っても“怖さ”の定義は人それぞれですが、読んでいる最中にギャーッと怖がるような作品よりも、読み終わった夜の寝る前なんかにふと思い出して、「ああ、なんか気持ち悪いな」と余韻が残るような作品が好きです。例えば、小野不由美さんの『残穢』なんかはモキュメンタリーの手法を用いた構造的な仕掛けが本当に怖いなと震えたもんです。
――そんなホラー好きとして、お酒に合わせたい1冊を挙げるとすると?
似田貝:最近出たばかりの、京極夏彦さんの長編『猿』(KADOKAWA刊)ですね。実は長編ホラーってすごく難しいジャンルなんです。短編の名作は山ほどあるんですが長編になると物語を広げたぶん、最後にある程度風呂敷を畳まないといけなくなる。そうすると読者の要望に応えようとして無理に因果関係を回収したり、最後は幽霊や怪物をやっつけるバトル展開になったりして、恐怖感から別の面白みにシフトしてしまう作品もある。怖いなら怖いまま、わからないものはわからないまま放置して、根源的な“恐怖”を味わいたいときもあるでしょう。その点、『猿』は長編なのに起承転結の“起”だけで終わってしまうような何とも言い難い構造なんです。
――長編なのに“承”や“転”、“結”がないというのは斬新ですね。
似田貝:無理にオチを付けるのではなく、「恐怖とは何か」とストレートに問いかけてくる作品です。京極さんの圧倒的な文章力だからこそ読ませられますし、細かい伏線を考察したり因果関係を論理的に考えても良いし、ありのままの怖さを純粋に楽しんでも良い。お酒を飲んでいる席ではあれこれ真面目に考察するよりも感覚で作品を受け止めたいので、こういう本もすごく向いていると思います。

――どちらの本も“何も考えずに”読めるのがお酒と合わせるうえでのポイントなんですね。
似田貝:そうですね。私はお酒を飲む行為を“前向きな現実逃避”のスイッチだと捉えています。生きていると毎日忙しかったり無理難題に直面したりして、なかなか気持ちが安らがないじゃないですか。「ここを解決しないと先に進めない」と考え込んでいるそんなとき、お酒を飲めば一旦その問題を保留にしてぴょんと飛び越えられる気がするんです。お酒を飲むと脳の理性が少しぼんやりして、普段カッコつけている部分や真面目すぎる自分の殻が剥がれ落ちていく。そうすると普段なら“どうでもいい”と見過ごしてしまうようなことまで、すごく面白く感じられるようになるんです。
――理性のハードルをあえて下げることで、物事を楽しむ感性が鋭くなると。
似田貝:
そう、私たち編集者にとって1番重要なのは対象を否定するのではなく“面白がる能力”だと思っています。何事も面白いと思えたほうが、世の中絶対に楽しいですから。ただ以前、若手の編集者に「自分の好きなことを企画にしたほうがいいよ」と言ったら「特に好きなものはありません」と返ってきてすごく驚きました。レポートのように対象をまとめて伝える能力が高くても自分の中の“好き”という拠り所がないと、人の心を動かす企画を作るのは難しい。
編集という仕事は自分が偏愛する対象を深掘りして、ほかの領域へ広げていける稀有な職業です。例えば妖怪が好きならは、なぜその土地にその妖怪の伝承が生まれたのか、気候や歴史、人々の暮らしまで視点を広げていける。入り口は本でもお酒でも音楽でも映画でも何でも良くて、ひとつのフックからいくらでも世界は広がる、そう思います。

――その「好きなもの」を見つけるために、お酒が役に立つ?
似田貝:頭で難しく“考える”と見つかりづらくなると思います。だから、たまにお酒の力を借りて思考をあえてぼんやりさせてみる。真面目に考え込まずに感覚を開いていけば、「あ、これ好きかも」とふと気付く瞬間があるはずです。あとで、その“好きかも”と思ったものを深掘りしていけばいい。本を読む行為は日常から離れるための“いい現実逃避”ですが、お酒もまた考えすぎるのを一時停止させて気分を切り替えるための“前向きな現実逃避”です。両者を組み合わせることで相乗効果が生まれ、気分の切り替えや感性の開放につながる。それがお酒と本を合わせる最大の魅力ですし、大人ならではの贅沢な時間なんだと思います。
>> 『ダ・ヴィンチ』
▼今回ご協力いただいた店舗

「信濃路 鶯谷店」
住:東京都台東区根岸1-7-4
営:7:00~24:00
休:不定休









































