【クルマ初モノ図鑑⑥】ボディー&シャシーPart2~ガルウイング、オールアルミ他

■日産プレーリー(1982年) -日本初の両側スライドドアはピラーレス仕様

1964年にダットサンキャブライトで国産初のスライドドアを採用した日産。その後スライドドアは1BOXタイプのキャブオーバー車で普及していきます。そんな日産はスライドドアの先駆者として、次の一手を放ちました。

セダンのオースターJX/スタンザFXをベースに3列シートを装備した、現代のミニバンにあたるプレーリーを開発(ただし当時はミニバンという言葉がなかったため、新ジャンルのセダンという扱いでした)。このクルマに日本初となる両側スライドドアを搭載したのです。

しかもプレーリーのスゴいところは、ドア開口部を広くして乗降性を高めるためにスライドドアが両側ともセンターピラーレス構造になっていたこと。

ミニバンは背が高く、スライドドアにすると開口幅はもちろん開口高も大きくなるためボディ剛性が落ちてしまいます。現在、ピラーレススライドドアを売りにしているダイハツタントやトヨタアイシスの場合、剛性を確保するためにセンターピラーレスは助手席側だけで、運転席側にはセンターピラーが存在します。さらに助手席側も厳密にはピラーレスではなく、スライドドアにピラーを組み込む構造としています。プレーリーは完全なセンターピラーレス構造だったため剛性面で難があったのでしょう。2代目からはセンターピラーがつくようになりました。

プレーリーにはもうひとつ大きな特徴がありました。それはドア開口部からフロアまでをフラットにしたこと。この構造は段差がないため乗り降りしやすく、またレジャーを楽しんで室内が汚れたときも掃除がしやすいというメリットがありました。フラットフロアは、後のプレーリーリバティ、リバティへと受け継がれていきます。

 

■トヨタセラ(1990年) -日本初のバタフライドアを採用したスペシャルモデル

1987年に開催された第27回東京モーターショーで一際注目を集めたのが、トヨタが出展したコンセプトカー「AXV-II」でした。2ドアクーペのAXV-IIはそのドアが蝶の羽のように前方斜め上に開くバタフライドア(一般的に言われるガルウイングドアの一種)に。ガルウイングドアと言えばスーパーカーの専売特許だと思っていたのに、コンセプトカーとはいえ国産車、しかもスターレットベースの小型車が採用したのですから驚きもひとしお。そして'90年、ついにAXV-IIがセラとして市販されます。

ドアは外気温の影響を受けないよう2つのダンパーを採用。そしてコンセプトカーのイメージそのままに車体の上半分はほぼ全面ガラス張りに。セラはデビューと同時に大きな話題になりましたが、残念ながら販売台数はイマイチでした。

バタフライドアは街中で乗り降りする時に目立ちすぎる、しかもガラス張りなので車内が丸見え。きっと「カッコいい!」と思っても、いざ買うとなると躊躇してしまう人が多かったのだと思います。セラはデビューから4年半ほどでひっそりと姿を消すことになります。

 

■ホンダNSX(1990年) -世界初のオールアルミモノコックボディを採用したスーパーカー

日産が第2世代GT-Rの幕開けとなるスカイラインGT-R(R32型)を発売した翌年の1990年、ホンダはスーパースポーツ、NSXをデビューさせました。

全高わずか1170mmの低いポジション、エンジンはNAながら280psを発生する3L V6 DOHC VTECで、運転席後ろに横置きしたMRレイアウト。タイヤはフロントが205/50ZR15、リアは225/50ZR16という前後異径サイズ。NSXはスーパーカーと呼ぶにふさわしいモデルでした。

最も大きな特徴は、軽量化のために世界初となるオールアルミモノコックボディを採用し、さらにエンジンやシャシー、足回り、シート部材などにもアルミを多用したことです。軽量で強度の高いアルミニウムは優れた素材ですが、溶接が困難というデメリットがあります。ホンダはNSX製造のために専用工場を作り、アルミニウム溶接の専用機を開発しました。そしてスチールボディに比べて140kg、足回りなどの部品も含めると約200kgの軽量化を実現したのです。

 

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